演歌以外:「求めているものが与えられるわけではない」。

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今日のお話は、「求めているものが与えられるわけではない」というお話しです。

今日は、6月18日、今日はどんな記念日でしょうか。

海外移住の日

国際協力事業団(JICA)が1966年に制定。
1908年のこの日、本格的な海外移住の第一陣781人を乗せた笠戸丸が、ブラジルのサントス港に到着した。

海外移住推進月間 2月1日~2月29日

考古学出発の日

1877年のこの日、大森貝塚を発見・発掘したアメリカの動物学者、E.S.モース博士が来日した。
6月20日、モース博士が汽車で横浜から新橋へ向かう途中に貝殻が堆積しているのを発見し、まもなく発掘調査が行われた。これが日本で初めての科学的な発掘調査で、日本の考古学の出発点となった。

おにぎりの日

町内の遺跡で日本最古の「おにぎりの化石」が発見されたことから「おにぎりの里」として町起こしをしている石川県鹿西町(現 中能登町)が制定。
「鹿西」の「ろく」と、毎月18日の「米食の日」から。

おむすびの日 1月17日

すしの日 11月1日

モニク前王妃誕生日 [カンボジア]

シハモニ国王の母(シアヌーク前国王の妃)であるモニク妃の誕生日。

「求めているものが与えられるわけではない」

キリストは、

「求めなさい。そうすれば与えられるであろう。

捜しなさい。そうすれば見出すであろう。

叩きなさい。そうすれば開かれるであろう。

だれでも求める者は受け、捜すものは見出し、叩く者は開けてもらえるのである」

とおっしゃっています(ルカ11・9-10)。

でもこの言葉には、求めたそのものが与えられると約束されていませんし、捜したそのものが見つかるとも約束されていません。

むしろ、その後に、

「子どもが魚を求めているのに、魚の代わりに蛇を与える父親が、いったいいるだろうか。

また、卵を求めているのに、さそりを与える者がいるだろうか。

このように、あなたたちは悪い者であっても、自分の子どもたちには、良いものを与えることを知っている。

まして、天の父が、求める者に聖霊をくださらないことがあろうか」(ルカ11・11-13)

と続く言葉があって、求めたものの「代わりに」何かをくださる可能性があることが示唆されています。

祈ることはたいせつなことです。しかしながら「願う前に、その必要とするものを知っておられる」(マタイ6・8)天の父は、人間が願ったことをそのまま叶えることをもって、ご自分の、その人に対する愛の証しとはなさらないようなのです。

なぜならば、私たちはいつも、“欲しいもの”を願っているからであり、神様が私たちに叶えてくださるものは、“必要なもの”だからだと思います。

僕らが欲しいと願ったものを与えてくれるのではないのです。

僕らに必要なものを必要なタイミングで、まるで気付かせるためにわざわざ用意したかのような計らいがあります。

でも、もし自分が親でもそうするでしょ?

子どもが食べたい!と言ったものをすべて出したらお菓子だらけになってしまうかもしれません。

親だったら、子どもが食べたいものもいいけど、子どもに必要な食べ物を出しますよね。

おもちゃやゲームが欲しいと言ったからって、ホイホイ買い与えませんよね?

そのお金に使うのなら、塾やクラブに入れたいと思うのが親の心だと思います。

子どもにとったら、そのときは気づかなくても、大きくなったら分かることです。

そして、これは僕らが神や仏に願ったことも一緒でしょう。

たとえば甲子園で優勝を願ったけど、負けてしまった。

でも自分にとっては、負けたことにより気づく色々なことが、優勝することよりも「必要なこと」だったのです。

営業で契約できるかどうかの瀬戸際で、惜しくも選ばれなかったとして、でもそれは「よりよい商品」や「より成長した自分」を提供できるようにもうちょっと頑張りなさい!って事を教えてくださっているのかもしれません。

もし断られ続けたらどうなるか・・・。

毎回毎回行くたびに改良していって、ひたすら改良しつづけたなら、世界中の誰もが欲しがるものになっているかもしれません。

悲しみも苦しみも汗も涙も、きっと意味がとおもいます。

だから前を見て歩いて行きましょうね。

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