演歌以外:「自由とはわがままのことではない」について。

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今日は、1月7日、今年最初の演歌好きの「演歌以外」です。明けましておめでとうございます。もう、初詣行かれましたか。
今年のおみくじは「大吉」でした。今年もいい年になりそうな予感がします。

七種,七種粥

春の七種を刻んで入れた七種粥を作って、万病を除くおまじないとして食べる。

七種は、前日の夜、俎に乗せ、囃し歌を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。呪術的な意味ばかりでなく、おせち料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能がある。

芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)のことをいいます。

現在言われている春の七草の種類は、1362年頃に書かれたという『河海抄(かかいしょう)』という文献に見られます。

覚えかたとしては以下のものがよく言われています
「せり なずな ごぎょう はこ(く)べら ほとけのざ すずな すずしろ これぞななくさ」

七草にはこんな意味もあります。
セリ(競り勝つ)
ナズナ(なでて汚れをはらう)
ゴギョウ (仏体)
ハコベラ (繁栄がはびこる)
ホトケノザ (仏の安座)
スズナ (神様を呼ぶ鈴)
スズシロ (汚れのない純白さ)

人日,七日正月

五節句のひとつ。
古来中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗の日、3日を猪の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、7日目を人の日として、犯罪者に対する刑罰は行われないことにした。

また、7種類の野菜を入れた羹を食べる習慣があり、これが日本に伝わって七草粥となった。日本では平安時代から始められ、江戸時代より一般に定着した。

爪切りの日

新年になって初めて爪を切る日。
七種を浸した水に爪をつけ、柔かくして切ると、その年は風邪をひかないと言われている。

千円札の日

1950年のこの日、1946年の新円切替後初の千円紙幣が発行された。肖像画は聖徳太子であった。

初の千円札は1945年8月に流通開始した日本武尊の肖像のものであったが新円切替により1946年に失効していた。聖徳太子の千円札は、1965年に伊藤博文の千円札が発行されるまで15年に渡り使用された。

虐殺政権からの解放の日 [カンボジア]

1979年のこの日、ベトナム軍の支援によりカンボジア救国民族統一戦線がカンボジアの首都プノンペンに侵攻し、ポル・ポト政権が崩潰した。1975年4月からの約4年の間に数十万から数百万のカンボジア人が粛清された。

夕霧忌

大坂・新町の扇屋の遊女・夕霧の1678(延宝6)年の忌日。
名妓として知られ、大坂中がその死を悼んだという。死後、夕霧と愛人・藤屋伊左衛門を主人公とする浄瑠璃・歌舞伎などが多く作られ「夕霧伊左衛門」または「夕霧」と総称された。

自由とはわがままのことではない

一万円札の人、福沢諭吉さんは「自由とはわがままのことではない」といいました。

人が生まれたときは、何にも繋がれず縛られず、一人前の男は男、女は女として、自由であるけれども、ただ自由とだけ言って「分限(義務)」を知らなければ、わがまま放題になってしまう。

その分限とは、天の道理に基づいて人の情にさからわず、他人の害となることをしないで、自分個人の自由を獲得するということだ。

自由とわがままの境目というのは、他人の害となることをするかしないかにある。

たとえば、自分のお金を使ってすることなら、酒や女遊びにおぼれてやりたい放題やっても、自由であるからかまわない、というように思えるかもしれないけれども、決してそうではない。

ある人がやりたい放題やるのは、他の人の悪い手本になって、やがては世の中の空気を乱してしまう。

人の教育にも害になるものであるから、浪費したお金はその人のものであっても、その罪は許されないのだ。

さすが、1万円札の福沢諭吉さんですね。

他人に害があるのはわがまま。

直接的な害がなくても、風紀や空気を乱すのは「わがまま」であって「自由」とは言わないんですね。

初詣行いかれましたか

神社にいくと大体“かがみ”が飾ってありますよね。

お参りするときに自分が自分がの“我”を無くすと良いそうです。

そうすると“かがみ”の「が」を無くして“かみ”となり、神様の意思と同調するそうです。

「自分が、俺が、私が、の「我」を捨ててお陰お陰の「下(げ)」で生きる」

を今年一年、忘れないように生きていこうと思います。

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