演歌以外:「求めたものと与えられるもの」について。

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今日のお話は、「求めたものと与えられるもの」についてのお話しです。

今日は、7月14日、今日はどんな記念日でしょうか。

検疫記念日

厚生省(現在の厚生労働省)と日本検疫衛生協会が1961年に制定。
1879年のこの日、日本初の伝染病予防の法令「海港虎列刺病伝染予防規則」が公布された。

パリ祭,フランス建国記念日

1789年のこの日、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃・占領し、これがフランス革命の始りとなった。1880年から祝日となった。
1932年の映画Le Quatorze Juillet(7月14日)の邦訳名が『巴里祭』だったことから、日本では「パリ祭」と呼ばれる。

ペリー上陸記念日

1853年のこの日(旧暦嘉永6年6月9日)、アメリカの4隻の黒船艦隊が江戸湾の浦賀沖に現れ、ペリー提督が久里浜に上陸して将軍への親書を渡した。
蒸気船をお茶の銘柄・上喜撰にかけて”太平のねむりをさます上喜撰たった四はいで夜もねられず”と狂歌に詠まれるほど、江戸の街は大混乱となった。幕府は、翌年のペリー再来に備えて品川沖に6基の砲台(台場)を作った。
翌年来航したペリーとの間で「日米和親条約」が結ばれ、日本の鎖国が終った。

廃藩置県の日

明治4年7月14日(新暦1871年8月29日)、藩を廃止して県を設置する詔書が出された。
1869年の版籍奉還で江戸時代の藩はなくなっていたが、旧藩主がそのまま藩知事となっていた。明治政府は中央集権国家を確立するため廃藩置県を断行し、各県に中央政府から県知事を派遣した。
当初は3府302県で、後に3府72県に改廃した。

3府72県 (注:原文は府県ごとに改行,番号は引用者による)

1.東京府 2.京都府 3.大阪府 4.神奈川県 5.兵庫県 6.長崎県 7.新潟県 8.埼玉県
9.入間県

10.足柄県 11.木更津県 12.印旛県 13.新治県 14.茨城県 15.群馬県
16.橡木県(注:栃木県) 17.宇都宮県 18.奈良県 19.堺県

20.安濃津県 21.度会県 22.名古屋県
23.額田県 24.浜松県 25.静岡県 26.山梨県 27.大津県 28.長浜県 29.岐阜県

30.筑摩県 31.長野県 32.仙台県 33.福島県 34.磐前県 35.若松県 36.一関県 37.盛岡県 38.青森県 39.山形県

40.置賜県 41.酒田県 42.秋田県 43.敦賀県 44.福井県 45.金沢県 46.七尾県
47.新川県 48.柏崎県 49.相川県

50.豊岡県 51.鳥取県 52.島根県 53.浜田県 54.飾磨県
55.北条県 56.岡山県 57.深津県 58.広島県 59.山口県

60.和歌山県 61.名東県 62.香川県
63.松山県 64.宇和島県 65.高知県 66.福岡県 67.三潴県 68.小倉県 69.大分県

70.伊万里県 71.熊本県 72.八代県 73.都城県 74.美々津県 75.鹿児島県

内視鏡の日

内視鏡医学研究振興財団が2006年に制定。
七(な)一(い)四(し)で「ないし」の語呂合せ。

ひまわりの日

1977年のこの日、日本初の静止気象衛星「ひまわり1号」がアメリカのケネディ宇宙センターから打ち上げられた。

ゼラチンの日

日本ゼラチン工業組合が2004年に制定。
ゼラチンがフランス料理によく使われることから、フランスを代表する記念日であるパリ祭の日をその記念日とした。

ゼリーの日

日本ゼラチン工業組合が2005年に制定。
ゼラチンを主原料とすることから「ゼラチンの日」と同じ日を記念日とした。

共和国記念日 [イラク]

1958年のこの日、革命により王政が打倒され、共和国が樹立されたことを記念。

シルバーデー [韓国]

恋人同士が銀製品をプレゼントし合う日。
韓国では毎月14日が恋人に関する記念日になっている。

求めたものと与えられるもの

「求めたものと与えられるもの」のお話です。

「子どもがあの学校に合格しますように」

「病気がなおりますように」

「あの会社に就職できますように」

と、私たちは祈ります。

ところが、子どもは不合格、病気はなおらない、就職も行きたいところに行けなかった、ということはよくあることです。

「神も仏もあるものか」と言いたくなるのは、こういう時です。

ところが、実は、「求めること、捜すこと、戸を叩くこと」も大切ですが、それに応えて与えられるものを謙虚に“いただく心”のほうがよりたいせつなのです。

激しく求めただけに、その求めたものが与えられなかった時の落胆、捜しものを見つけられなかった時の失望には、計り知れないものがあります。

でも、そういう切なさ、つらさこそが、実は人間が成長してゆく上で「本当にたいせつなもの」「必要なもの」だったのだと、いつか必ず気づく日があるものです。

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ニューヨーク大学のリハビリステーション研究所の壁に一人の患者の残した詩があります。

大きなことを成し遂げる為に、強さを与えてほしいと神に求めたのに

謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった。

偉大なことができるようにと 健康を求めたのに

よりよきことをするようにと 病気を賜った。

幸せになろうとして 富を求めたのに

賢明であるようにと 貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして 力と成功を求めたのに

得意にならないようにと 失敗を授かった。

人生を楽しむ為に あらゆるものを求めたのに

あらゆるものを慈しむために 人生を賜った。

求めたものは一つとして与えられなかったが

願いはすべて聞き届けられた。

私はもっとも豊かに祝福されたのだ。

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求めたものと与えられるものは違うかもしれません。

でも、与えられたものや、与えられた環境、与えられた試練や境遇の中に実は、願っていたものの本質的「こたえ」があるのかもしれません。

そう思うと、すべてのことに意味があり、すべてのことに感謝できる気がしますね。

なかなかそう思うようにはできませんが、そう思って生きてはいこうと思います。

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