演歌以外:「「ああ、そうですか」と素通りする」について。

Pocket

スポンサーリンク

今日のお話は、「「ああ、そうですか」と素通りする」についてのお話しです。

今日は、9月29日、今日はどんな記念日でしょうか。

日中国交正常化の日

1972(昭和47)年のこの日、「日中共同声明」の調印式が北京で行われ、田中角栄、周恩来両首相が署名した。同日、中華民国(台湾)との断交を通告した。

クリーニングの日

全国クリーニング環境衛生同業組合連合会が1982(昭和57)年に制定。
「ク(9)リーニ(2)ング(9)」の語呂合せ。
消費者にもっとクリーニングを利用してもらい、自らもクリーニング技術の向上を目指す為に設けられた。

招き猫の日

日本招き猫協会が制定。
「くる(9)ふ(2)く(9)」(来る福)の語呂合せ。
この日を中心に、伊勢の「おかげ横丁」の招き猫まつり等、全国各地で記念行事が開催される。

洋菓子の日

三重県洋菓子協会が2002(平成14)年に制定。
フランスではサン・ミシェル(大天使ミカエル)が菓子職人の守護聖人となっており、その祝日が9月29日であることから。

宣長忌,鈴の屋忌

国学者・本居宣長の1801(享和元)年の忌日。

ミカエルマス(Michaelmas)

キリスト教における大天使ミカエルの聖名祝日。またこの日は大天使ガブリエル、ラファエルの祝日でもある。

「ああ、そうですか」と素通りする

お釈迦様のお話です。

お釈迦様を罵倒し続けていた男が、ある日、

「なぜ、お前はこうして連日罵倒されても言い返さないのか?」と訪ねたところ、お釈迦様は次のように答えました。

「お前が人に贈り物をして、相手がそれを受け取らなければ、その贈り物は誰のものか?」

これを聞いた相手は、自己の非を恥じたと言います。

つまり、贈り物(=罵倒の言葉)は、自分自身に返品されるということです。

お釈迦様の死後、後世に伝わる伝記には、とても真理を含んだものが、なかには確かに存在します。この寓話もそのうちの一つです。

他人からの罵倒の言葉には、罵倒する霊的磁気が含まれています。

その罵倒の磁気を他人から投げ掛けられても、自分の心に一点の曇りもなければ、「ああ、そうですか」と素通りします。

反論する気も起こりません。

「ただ、誤解されているだけだから、後で理解される」

「自分が本心から正しいと思えるから別に構わない」

などなど、その投げられた罵倒の言葉に自分からの執着が生じないのです。

自分に自信(自神)がある状態です。


例えば車を運転していて、前にトロトロ運転している車がいたりすると、車の中で叫ぶ人がいます。

もちろん、この言葉は相手のドライバーには届かず、自分自身に届けられます。

結果、自分がよりイライラするものです。

他人を罵倒するようなことをしてはいけませんが、

他人の罵倒を受けとめたり、反応する必要もないのです。

その言葉により、怒ったり悲しんだりしたら、受け取ったことと同じになります。

「ああ、そうですか」と素通りするのが良いでしょう。

先ほどの、前でトロトロ運転していたドライバーだって、制限速度をしっかり守っていただけなのかもしれませんし、病人を乗せていたのかもしれません。

自分がしっかりと意味があって行動し、生きていれば、何も気にすることはないのです。

「世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る」

と、坂本龍馬は言いました。

「自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん」

とは孟子の言葉です。

意味は、

「自分で自分の言動を顧みて、正しいと思うのならば、たとえその道を一千万人が塞ぐことがあろうとも、私は全うする」

「自分を生きる、自分の人生を生ききる」ということだと思います。

スポンサーリンク