演歌以外:「ものごとを一つの「円」として見る」について。

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今日のお話は、「ものごとを一つの「円」として見る」というお話しです。

今日は、11月23日、今日はどんな記念日でしょうか。

勤労感謝の日(Labor Thanksgiving Day)

“勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう”国民の祝日。
1948(昭和23)年公布・施行の「祝日法」で制定。
戦前の「新嘗祭」の日をそのまま「勤労感謝の日」に改めた。

手袋の日

日本手袋工業組合が1981(昭和56)年に制定。
これから手袋が必要になる季節に向けて、祝日の勤労感謝の日を記念日にした。

外食の日

日本フードサービス協会(ジェフ)が1984(昭和59)年に制定。
いつも家事で忙しい母親の労をねぎらおうと、「勤労感謝の日」を記念日とした。

ゲームの日

全日本アミューズメント施設営業者協会連合会・日本アミューズメントマシン工業協会・日本SC遊園協会が制定。
仕事や勉強の尊さをはっきり自覚しながら、ゆとりある遊びとしてのゲームを楽しみ、ゲームと生活との調和が感じられる日であるとして、勤労感謝の日を記念日とした。

ハートケアの日

ハートケア情報委員会が制定。
「勤労感謝の日」に因み、勤労の基本となる身体の核である心臓に関心を持ってもらおうと制定された。

珍味の日

全国珍味商工業協同組合連合会が制定。
この日に皇居や伊勢神宮などで行われる新嘗祭で山海の珍味が供えられることと、「い(1)い(1)つ(2)まみ(3)」の語呂合せ。

牡蠣の日

全国漁業協同組合連合会(全漁連)が2003(平成15)年6月に制定。
「勤労感謝の日」に栄養豊富な牡蠣を食べて勤労の疲れをいやしてもらおうと、この日を記念日とした。

小ねぎ記念日

福岡・大分・佐賀・高知・宮城各県のJA全農県本部で作る「小ねぎ主産県協議会」が制定。
勤労感謝の日が「ねぎらいの日」に通じることから「ねぎらい」を「葱来」と読む語呂合せ。

国産小ねぎ消費拡大の日 毎月23日

お赤飯の日

お赤飯の日制定委員会(現 赤飯文化啓発協会)が2010年に制定。
新嘗祭の日を記念日とした。

Jリーグの日

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が1993年に制定。
1992年のこの日、Jリーグ初の公式戦・ナビスコカップ決勝が東京の国立競技場で行われた。

いいふみの日

郵政省(現在の日本郵政)が制定。
「い(1)い(1)ふ(2)み(3)」の語呂合せ。

ふみの日 毎月23日

いい兄さんの日

「い(1)い(1)にい(2)さん(3)」の語呂合せ。
弟の日 3月6日
兄の日 6月6日
妹の日 9月6日
姉の日 12月6日

いい夫妻の日

「い(1)い(1)ふ(2)さい(3)」の語呂合せ。

よい夫婦の日 4月22日
いい夫婦の日 11月22日
夫婦の日 2月2日
夫婦の日 毎月22日

いいファミリーの日

全国家族新聞交流会が制定。
「い(1)い(1)ファ(2)ミ(3)リー」の語呂合せ。

ファミリーの日 5月4日

分散投資の日

岡藤ホールディングスが制定。
「い(1)い(1)ぶん(2)さん(3)」の語呂合せ。

あんこうの日

山口県下関市の下関漁港沖合底びき網漁業ブランド化協議会が2010年に制定。
11月23日に下関漁港で下関さかな祭が開かれ、下関漁港は鮟鱇の水揚げが日本一であることから。また、鮟鱇の可食部分7箇所を「七つ道具」といい、1+1+2+3が7になることから。

新嘗祭

天皇が新穀を天神地祇に勧め、また、親しくこれを食する祭儀。現在は天皇の私的祭祀として行われるほか、伊勢神宮などでも行われ、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされる。
明治5年までは旧暦11月の2回目の卯の日に行われていた。
明治6年から太陽暦が導入されたが、そのままでは新嘗祭が翌年1月になることもあって都合が悪いということで、新暦11月の2回目の卯の日に行うこととし、明治6年ではそれが11月23日だった。翌明治7年には前年と同じ11月23日に行われ、以降11月23日に固定して行われるようになった。1947(昭和22)年までは祭日として休日となっていた。

一葉忌

小説家・樋口一葉の1896(明治29)年の忌日。

ものごとを一つの「円」として見る

あの二宮尊徳さんが困り果てたあげく、成田山にこもり21日間の断食と一日数回の水行をしていたということを、知っていましたか?

ある村の立て直しを一所懸命おこなっていた尊徳さんでしたが、村人の中には快く思わない人達もいて、尊徳さんのことを目の敵にし、周りを巻き込んで反対し、妨害されるという目にあいました。

そんな中、成田の不動さんのお堂にこもったそうです。

そのとき尊徳さんが開眼し気付いたこととは一体何か・・・

尊徳の歌に、

「見渡せば 遠き近きはなかりけり 己れおのれの住みかにぞある」

東京の人から見れば大阪は遠いし、大阪の人から見れば東京は遠い。

商店に買い物に行く時、遠くて不便だとなげき、その商店が火事だと聞けば、遠くてよかったという。

このように遠いとか近いとかいうのは、自分の立っているところを基準にしてのことであり、一円全体から見れば、遠い近いの区別はありません。

このように吉凶・好悪とか、是非・善悪、優劣・美醜とかいうものは、円の半分であり、相対的なものです。

いわゆるくらべる世界での相対的価値観によるものです。

私たちは、こうして相対的にとらわれがちなものです。

それ故に、心おだやかならず、不平不満や嘆き悲しみがたえないわけです。

ところが、ひとたび相対観から全体観の立場に立てば、風景が変わってきます。

寛大、おちつき、やすらぎの境地がひらかれるわけです。

これが尊徳のいう全円観であり、相対をこえるという意味から言えば、絶対観ともいえるものです。

「妨害する人と、よくしてくれる人、今まではものごとの半分、つまりよくしてくれる人しか見ていなかったけど、全体を見るようにしよう!」と悟ったのです。

善悪もそうですね、

ショッカーがいなかったら、仮面ライダーもいらないのです。

ライバルチームがなかったら試合もせずに優勝、いや、大会も開催されません。

剣道や柔道などの武道も、相手がいるお蔭で試合ができる。だから、勝っても負けてもお互いに礼をし相手に敬意を払う。

ライバル店や、繁盛店があって、そうじゃないお店があったとしても、そこに優劣を見るのは半円の考え方です。

それよりも、全体としてとか、町として、国として、業界として、という見方になったとき、違うものに見えると思います。

物事を、半円(自分サイド・相手サイド)だけで見るのではなく、全円(一つとして)見ることが、いろんな問題を解決するヒントになりそうですね。

優しい人もいいけど、怒っている人もいい!

行列のお店もいいけど、空いてる店もいい!

勉強するのもいいけど、遊ぶのもいい!

真面目な人もいいけど、適当な人もいい!

そう考えると、最大の短所は、最大の長所にもなりますね。

できるかどうかは別として、とりあえず、ものごとを一つの「円」として見ていくようにしてみようと思います。

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