演歌以外:「人間社会において最大の害とは?」について。

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今日のお話は、「人間社会において最大の害とは?」というお話しです。

今日は、12月22日、今日はどんな記念日でしょうか。今年も残り10日となりました。

年賀はがきは出しましたか?大掃除は進んでいますか?

改正民法公布記念日

1947(昭和22)年のこの日、「民法」の第4編と第5編を全面改正する改正法が公布された。家父長制の家族制度が廃止され、戸籍が夫婦単位となった。

労働組合法制定記念日

1945(昭和20)年のこの日、「労働組合法」が公布された。
「労働組合法」は、労働者の団結権・団体交渉権・団体行動権等の保障について定めた法律で、「労働基準法」「労働関係調整法」とともに「労働3法」と呼ばれている。

革命記念日 [ルーマニア]

1989年のこの日、チャウシェスクの独裁政権が崩壊した。

人間社会において最大の害とは?

「人間社会において最大の害」とは何なのでしょう?

一万円札でもおなじみの福澤諭吉さんが、そのことについて書かれていますので、ご紹介します。

およそ人間には、いろいろな欠点があるものだが、人間社会において最大の害があるのが、「怨望“エンボウ”(他人の幸福をねたんだり、うらむこと)」である。

欲張り・ケチ・贅沢・誹謗の類は、どれも大きな欠点だけれども、これをよくよく見てみれば、その本質のところでは別に悪いものではない。

それを出す場所柄と、その強弱の程度と、向かっていく方向によっては、欠点でなくなることもある。

(中略)

驕りと勇敢さ、粗野と率直、頑固と真面目さ、お調子者と機敏さはペアになっているものであって、どれもみな場面と、程度と、方向性によって欠点ともなるし、美点にもなるのだ。

ただ一つ、そもそもの働きにおいて完全に欠点一色で、どんな場面でもどんな方向性でも、欠点中の欠点といえるのは、怨望である。

怨望は、働き方が陰険で、進んで何かをなすこともない。

他人のようすをみて自分に不平をいだき、自分のことを反省もせずに他人に多くを求める。

そして、その不平を解消して満足する方法は、自分に得になることではなく、他人に害を与えることにある。

たとえば、他人の幸福と自分の不幸を比較して、自分に不足があれば、それを改善して満足するという方法をとらずに、かえって他人を不幸におとしいれて、それによって自分と他人を同じ状態にしようとする。

このような者の不平を満足させようとすれば、世間一般の幸福が減るだけであって、何の得にもならない。


欲張りやケチも、裏を反して弱めれば、倹約やムダ遣いしない人という風に言われるし、

贅沢も、程度や使い道によっては良いモノもある。

誹謗も、相手のことを考えて伝えれば、意見や改善点として受け止めてもらえる可能性だってある。

でも、他人の幸福をねたんだり、うらむ“怨望(えんぼう)”だけは、どっちに転んでも自分にも相手にも害になることしかないから止めましょうよ!

ってことですよね。

他人の成功を怨んでも良いことないんであれば、他人の成功を喜んでいる方が良い影響を与えますよね。

そういえば、最近、福沢諭吉さんを見かけなくなった気がします。

野口英世さんばかり見ているような気がします。(笑)

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