演歌以外:「天才は存在しないのかもしれない」について。

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今日のお話は、「天才は存在しないのかもしれない」というお話しです。

今日は、12月7日、今日はどんな記念日でしょうか。クリスマスが近づいていますね。今日は「クリスマスツリーの日」だそうです。私は飾ったことは無いですけどね。

国際民間航空デー(International Civil Aviation Day)

1992(平成4)年の国際民間航空機関(ICAO)の総会で制定し、1994年から実施。国際デーの一つ。
1944(昭和19)年のこの日、ICAOの設立を定めた「国際民間航空条約」の署名が行われた。

神戸開港記念日

1867(慶応3)年12月7日(新暦1868年1月1日)、神戸港が外国船の停泊地として開港した。
新暦に換算した1月1日も「神戸港記念日」となっている。

神戸港記念日 1月1日

クリスマスツリーの日

1886(明治19)年のこの日、横浜・明治屋に日本初のクリスマスツリーが飾られた。

天才は存在しないのかもしれない

「努力をアピールするのか、隠すのか。」というお話です。

努力していることを、

日本人は、「美徳」としてさらす。

華僑は、「当然」だから隠す。

華僑の中では、努力をアピールする人は「使えない人間」という烙印を押されかねない。

努力をするということは、「努力をしないとできない」とも言えるからだ。

華僑も努力する。日本人以上に努力家だと思う。ただ陰で行うのだ。

努力を見せずに成果を出せば、「こいつは能力が高い」「まだまだ伸びしろがある」と、周りに錯覚させることができるからだ。

そう思わせれば、チャンスがどんどん舞い込んでくる。

華僑は、移住先で“ゼロ”からスタートするのが通常だ。

だから、相手に自分のリミットを感じさせたくない。

いかに自分が有能で、相手にとって使う価値があるかを感じさせる。

そのためには、すべてをさらけ出してしまってはダメなのだ。

「私は努力を重ねてようやくできるようになったのだ」というのは、日本人の発想だ。

そういった日本的な美徳を好む上司やら営業相手もいるだろう。

だから、努力アピールを批判することはできない。

ただ、「努力が美徳」という発想を日本人が抱きがちだからこそ、そこで勝負するのはおススメしない。

「努力していないのにできる奴」そう思われるように努力をしよう。


努力をアピールするのはもったいないですね。

そんなことしなくても、努力しているかどうかなんて気づきますよ。

仮に、気づかれなかったとして、それが問題か?ということです。

野口英世は言いました。

「努力だ。勉強だ。それが天才だ。

誰よりも三倍、四倍、五倍勉強する者、それが天才だ」

天才とは、人よりも三倍、四倍、五倍取り組んだ努力の上に成り立つものだとしたら、

「あの人は天才だから・・・」と言う人は、

つまり、自分がただの努力不足だということを言いふらしているようなものです。

天才は存在しないのかもしれなません。

いるのは、努力を重ねた頑張り屋さんが、それを隠して「天才」に見せているだけかもしれません。

「テスト勉強し始めたら3分で寝ちゃった」などという友の言葉を信用して、安心している場合ではありませんね。

練習時間に練習するのは普通ですよね?

皆が練習していない時にするからこそ、皆よりも上に行けるのだと思います。

わたしも、陰の努力を惜しまずしていこうと思います。

あっ、言っちゃったら陰じゃなくなりますね。

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