演歌以外:「器の大きい人というのは」について。

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今日のお話は、「器の大きい人というのは」というお話しです。

今日は、1月11日、今日はどんな記念日でしょうか。

鏡開き

正月に年神様に供えた鏡餅を雑煮や汁粉にして食べ、一家の円満を願う行事。
武家社会の風習だったものが一般化した。刃物で切るのは切腹を連想させるため、手や木鎚で割ったり、砕いたりする。また、「切る」という言葉をさけて、「開く」という縁起の良い言葉を使っている。

地方によって日が違い、京都では4日に、ほかに20日に行う地方もある。

蔵開き

商売をする家で、新年初めて蔵を開き、商売繁盛を祈る。

樽酒の日

奈良県の長龍酒造が2009年に制定。
この日は鏡餅を開く「鏡開き」の日であるが、樽酒の蓋を割って開けることも「鏡開き」ということから。

塩の日

1569(永禄11)年、武田信玄と交戦中の上杉謙信が、武田方の領民が今川氏によって塩を絶たれていることを知り、この日、越後の塩を送ったとされている。この話が、「敵に塩を送る」という言葉のもととなった。

1.11忌

『路傍の石』等で知られる小説家・山本有三の1974(昭和49)年の忌日。

器の大きい人というのは

「余白」「余裕」のお話です。

早起きをしていてよかったなあ、と思うのは「遊び」があることです。

「Play」という意味の「遊び」もそうですが、車のハンドルの「遊び」のように、朝に「余白」をつくることで、ネットの検索窓に入れられないことを考える時間がもてるのです。

「余白」があれば、予想外の出来事にあわてることも減ります。

たとえば、天気予報が外れて、起きたら雨が降っていた!なんてときも、すぐに気持ちを切り替えて雨用の靴や服、髪型を考えたり、家族の送り迎えの段取りを見直したりすることができます。

いままで慣れ親しんだ習慣を変えてみる「遊び」の時間も生まれます。

朝ぎりぎりまで寝ていたら、電車のなかでネットのニュースの目立ったトピックスをさくっとチェックすることで精いっぱいですよね。

でも、早起きをしていれば、新聞を後ろのテレビ欄から読みはじめたり、ニュース記事は最初にあえて読まず、広告記事だけを見て目立つキーワードを見つけてみたり、といったことができます。

わざとひと駅前で降りて散歩しながら目的地に向かってみることもできるし、いつもは混んでいてカウンターにしか座れないお気に入りのカフェのソファーに座れるかもしれません。

1つひとつは小さな冒険ですが、ちょっとした変化を自ら生み出すことで、毎日がいつもと違ったものになります。

心の余裕は時間の余裕から。

ツメツメで切羽詰まっている状態でいるよりも、時間にスキマがあったほうがいい。

車の運転をしていてイライラする人というのは、ほとんどの場合が、時間に余裕がないときです。

時間に余裕があったら、ゆずる気持ちが生まれるほどに優しい運転になるでしょう。

そこに至るまでの時間の使い方で、余裕を持って出発できるかどうかが決まります。

「自分は嫌われているんじゃないか?」という観念にとらわれている人は、人に対して余裕が持てません。

脅迫的になるか、自分はダメなヤツだと落ち込むか・・・。

ここも、「嫌われていたとしても構わない、自分は好きだから」という「心の余裕」があると、人と接するのもワクワクしてくるのではないでしょうか。

「余裕」「余白」というものは、新しいものを受け入れることができます。

「余裕」「余白」がないと、それらは去っていきます。

段ボール箱をネコのいる所に置いてみてください。

その余白にネコは必ず入りますから。

入れ物があると、そこに何かを入れることができる。

人間の「器」もそうでしょう。

器が大きい人と言うのはつまり、この「余裕」や「余白」があるから「受け入れる容量がある」ということです。

人の失敗も、自分に降りかかる困難も、悲しみも苦しみも、まるごと受け入れて笑っていられる人のことを「器が大きい人」というのです。

器が小さい人というのはその逆です。

器に余白をつくっていきたいですね。

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