演歌以外:「孔子が最も愛した弟子とは」について。

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今日のお話は、「孔子が最も愛した弟子とは」というお話しです。

今日は、1月25日、今日はどんな記念日でしょうか。

主婦休みの日

生活情報紙『リビング新聞』が2009年に制定。
日頃家事を主に担当している主婦がリフレッシュをする日。読者のアンケートにより1月25日・5月25日・9月25日を「主婦休みの日」とした。

左遷の日

901(延喜元)年のこの日、右大臣・菅原道真が醍醐天皇によって九州の大宰府に左遷された。

彼の才能を妬む左大臣・藤原時平は、道真を罪に陥れてやろうと策略し「道真は国家の政治を私物化している」と醍醐天皇に何度も讒言した。これにより、天皇も道真のことを逆臣と思いこむようになり、901年1月20日に菅原道真を太宰権帥に左遷、筑紫国に流罪とすることとした。

長年住み慣れた自宅の庭に植えられていた梅が咲いているのを見て”東風吹かば匂ひ送来せよ梅の花 主無しとて春を忘るな”と詠み、この日、都を旅立った。その梅は菅原邸から太宰府の庭まで飛んで行ってそこに根づいたという「太宰府の飛梅」の伝説がある。

菅原道真は無念の思いを抱きながら、2年後の903(延喜3)年2月25日に亡くなった。

雷記念日 6月26日
天神の縁日 毎月25日

お詫びの日

1077年のこの日、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がローマ教皇グレゴリウス7世に「お詫び」をする「カノッサの屈辱」の事件があった。

ハインリヒ4世はイタリアの支配を目指し、ミラノ大司教等を次々と任命した。グレゴリウス7世がこれらの教皇を無視した皇帝の行為を激しく非難したのに対しハイリンヒは激怒し、直ちに諸侯を集めて教皇の廃位を決定した。これに対して教皇も、1076年2月に皇帝の廃位と破門を宣言した。

破門の知らせを受けた諸侯たちは、次々とハイリンヒに叛旗を翻した。そこでハイリンヒは、教皇から破門を解いてもらう為に、グレゴリウス7世が滞在している北イタリア・カノッサ城を訪れた。しかし、グレゴリウスはなかなか会おうとせず、カノッサ城外で悔恨の心を示すことを要求した。ハイリンヒは1月25日から3日間、雪の中、裸足に粗末な修道衣だけの姿で城の前に立ち続け、ようやく教皇の赦免を受けることができた。

しかし、赦免を受けた皇帝は巻き返しを謀り、教皇との対立は再び激化して行った。この争いは以降約半世紀も続いた。

初天神

毎月25日は天神の縁日で、一年で最初の縁日は「初天神」と呼ばれる。

バーンズ生誕日

スコットランドの詩人ロバート・バーンズの1759年の誕生日。
スコットランド地方ではこの日、生誕を祝って作品を朗読し肉料理を食べる。

法然忌

浄土宗の開祖・法然の1212(建暦2)年の忌日。

契沖忌

江戸時代の国学者・歌人である契沖の1701(元禄14)年の忌日。

孔子が最も愛した弟子とは?

相手の話を引き出すポイントのお話です。

話し上手は、聞き上手。

人と親しくなってより深い話をしたいと考えるなら、自らの話術を磨く前に、まず聞き上手になることです。

聞き上手といっても、話の内容をよく理解できる、といった意味ではもちろんありません。

話し手が気持ちよく話ができるようになるための気遣いができる人、ということです。

聞き上手になるための基本は、感心した表情とともに「なるほど」と相づちを打つことです。

どんな人も自分の話を真剣に聞いてもらえるというのはうれしいもの。

話に熱心に耳を傾けていることが具体的な態度で伝われば、気持ちよく話を続けてくれるでしょう。

「そういうことですか、さすがですね」と感心したりすると相手の満足度は格段にアップ。

話の要所要所で相手の目を見て、うなずくことも「自分の話を本当に熱心にきいてくれる」という印象を与えます。

話しているうちに相手はあなたに好感を抱き、「もっとこの人にとって有意義な話をしたい」とモチベーションも上がってくるはず。

その心地よい感覚は記憶にも残るので、相手はまた会って話したいと思うようになるのです。

逆に敬遠されてしまうのが、「でも」などの否定的な言葉です。

会話中に「でも」で話の腰を折られると、相手もいい思いはしません。

誰かと親しくなりたいときは、脳内に「?」が浮かんでも「でも」はぐっと我慢です。

孔子は最も愛した弟子といわれる“顔回”。

彼が亡くなったとき、孔子はこう言いました、

「あぁ、天が私を滅ぼされた、天が私を滅ぼされた」

それほどショックだったのです。

なぜ、3000人いたとされる孔子の弟子の中で、最も愛されたのか?

それは、この言葉が物語っています。

「孔子が言うには、顔回と一日中話しあっていても、私の考えに違うようなことは言わぬから、愚か者のように見える。が、私の前から退いた後で、独りでしていることを見ると、啓発されるものがある。顔回は決して愚か者ではない」

一切否定をしなかったのです。

それどころか、顔回は孔子の言葉を後世に残そうと、いつも木の板や竹筒に一生懸命言葉を書き写していたのです。

よく聞いてくれる顔回の存在は、孔子にとってもかけがえのない存在だったのでしょう。

ピーター・F・ドラッカーは言います。

「コミュニケーションを成立させるものは受け手である。聞く者がいなければコミュニケーションは成立しない。無意味な音波しかない」

良い聞き手、話し相手がいてくれることにも感謝ですね。

また、自分もそう在りたいものですね。

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