新曲演歌紹介。紅晴美さんの「夢見酒」2017年9月20日発売

Pocket

スポンサーリンク

今回の演歌好きの演歌新曲紹介は、2017年9月20日(水)発売の紅晴美さんの「夢見酒」です。

演歌ソングライター「福島の歌うオバちゃん」コロムビア移籍第一弾シングル! 福島県いわき市出身の「演歌シンガーソングライター」紅晴美の新曲です。 2009年にビクターより「涙の岬」でデビュー、以来2016年までにシングル7枚、アルバム2枚をリリースしています。

紅晴美さんは自ら作詞、作曲を行う、演歌の世界では珍しいシンガーソングライターとして活動を続けてきています。

 

演歌好きの私は「幾つもの 壁をこえたら 次の壁が 待っている 一緒に なるって ぶつかりあって 二人で 夢を 追いかける ころんでも 支える手がある つかれたら よりそう肩がある つらくても 泣ける胸がある 人生 まだまだ やれるじゃないか」という歌詞の紅晴美さんの「人生まだまだ」が歌詞の内容と人生観が大好きですね。下の方に動画がありますので一度聴いてみてください。

 

紅晴美 「 夢見酒

紅晴美 「夢見酒」カラオケ

 

収録曲

1.夢見酒 (作詞:紅 晴美 作曲:紅 晴美 編曲:伊戸のりお)
2.夢ひとすじに (作詞:紅 晴美 作曲:紅 晴美 編曲:伊戸のりお)
3.夢見酒 (オリジナルカラオケ)
4.夢ひとすじに (オリジナルカラオケ)
5.夢見酒 (半音下げカラオケ)
6.夢ひとすじに (半音下げカラオケ)
7.夢見酒 (2コーラスカラオケ)
8.夢ひとすじに (1ハーフコーラスカラオケ)
9.夢見酒 (半音下げ2コーラスカラオケ)
10.夢ひとすじに (半音下げ1ハーフコーラスカラオケ)

2017年9月20日(水)発売

紅晴美 「二度惚れ」

紅晴美 「あんた」

紅晴美 「人生まだまだ」

紅晴美スケジュールブログ

https://plaza.rakuten.co.jp/goyagoya555/diary/201209200000/

紅晴美 |公式サイト

http://kurenai-harumi.jp/

紅晴美 | コロンビアレコード公式ホームページ

http://columbia.jp/artist-info/kurenai/

紅晴美 プロフィール

<プロフィール>引用

生年月日:昭和28年12月26日
出身地:福島県いわき市

平成6年(1994年):埼玉新聞主催「埼玉歌の祭典」グランプリ受賞。11月「明日にかけるスター誕生」グランプリ受賞。(4,000人中)
平成7年(1995年):プライベート盤「雪の里」「女のぐいのみ」でインディーズ・デビュー。

平成13年(2001年):10月よりラジオ福島「かっとびワイド」パーソナリティーを12年間担当。

平成21年(2009年):4/1シングル「涙の岬」でVictorより(55歳)メジャー・デビュー。7/1セカンド・シングル「じゃんがら恋唄」発売。

平成22年(2010年):6/16サード・シングル「あんた」発売。10/13(水)よりニッポン放送「上柳昌彦ごごばん!」13:00~17:40の水曜日パートナーとして大抜擢される。(2011年12月まで)12/1(水)付USENリクエスト演歌チャートで、「あんた」が1位獲得。

平成23年(2011年):4/19(火)発売号の「女性自身」誌の「シリーズ人間」(7P)で露出。10/26(水)4thシングル「ドッコイ夫婦節」発売。

平成24年(2012年):9月よりニッポン放送「あなたとハッピー!」内 中継コーナー随時出演。(2014年3月まで)11/28 1stアルバム「紅晴美 ふるさとを唄う」発売。NTV系「踊る!さんま御殿」、フジテレビ系「爆笑 大日本アカン警察」、フジテレビ系「ペケポン」、他バラエティ番組へ多数出演。

平成25年(2013年):4/24 5thシングル「安波さまの唄」発売。

平成26年(2014年):4/23 6thシングル「二度惚れ」発売。

平成27年(2015年):1月NHKラジオ(全国放送)で宮城県南三陸町でのボランティア活動を放送。
7/22 7thシングル「人生まだまだ」発売。
12/15「福島の歌うオバちゃんのみんな元気になーれ!」初出版。
平成28年(2016年):1/20 2ndアルバム「~人生まだまだ~」シングル全14曲収録発売。

紅晴美

豪快に歌い、豪快にしゃべり(福島弁で)、豪快に笑う
気付くと晴美ちゃんのまわりはいつも笑いにつつまれる!

生年月日:昭和28年12月26日
出身地:福島県いわき市

レギュラー番組
ラジオ日本 毎週木曜AM5:10~20「紅晴美のみんな元気になーれ!」

紅晴美さん長男亡くし声も一時失う夢枕の「歌え…」で再出発

昨年のことになりますが、紅晴美さんの息子さんが、若くしてこの世を去ってしまいました。紅晴美さんが辛く歌えなくなったと言っていました。それでも紅晴美さんは明るくステージで歌っています。

http://www.sankei.com/life/news/170928/lif1709280011-n1.html より引用

「福島の歌うオバちゃん」の愛称で親しまれているシンガー・ソングライターの紅晴美さんは昨年1月、長男の佐藤翼さんを33歳の若さで亡くした。インフルエンザ脳炎だった。ショックで一時は声も出なくなったという紅さん。1年あまりを経て今は前を向き、「息子の分まで」と、歌に心を込めている。

亡くなる前の年の12月に東京都立川市でクリスマスのディナーショーを開きました。このとき、息子も一緒にステージに立ち、2人で「美女と野獣」を歌いました。このときはとても元気だったんです。

 息子はとても声がきれいなんですよ。それに、歌もうまいんです。私に似て。「美女と野獣」は長女の結婚式でも歌いました。娘は言ってくれました。「夢がかなった」って。

 その、元気だった息子がインフルエンザにかかり、年が明けて1月5日、急にけいれんして意識を失いました。すぐに入院です。

 ずっと付き添っていたい気持ちはありましたが、そのときは、九州をコンサートツアー中で帰れませんでした。ステージに立つのがつらかった。何でここで歌っているんだろうっていう気持ちで、病院まで飛んで行きたかった。でも、ステージは務めなければならない。歌手ですから。

帰ってきて病院に見舞ったのは15日でした。息子は30分おきぐらいにけいれんを起こすんです。見ていてつらかった。結局、意識はもどらないまま、21日に息を引き取りました。お嫁さんと娘、息子を残して。

本当にいい子でした。同じ埼玉県内に住んでいたのですが、しょっちゅう私のところにバイクで遊びに来ていました。「母ちゃーん」って。亡くなる2年くらい前にギターを始めたので、ピアノが弾ける私からコードを教わるためです。「母ちゃんの教えてくれるコードはいいコードだね」って喜んでいましたよ。

 いつも笑っていて、明るくて。泣いているところなんて見たことがありません。私がコンサートを開くと、必ず来てくれました。そして、一緒にステージに立ちました。終演後はCDの手売りです。人見知りなんてしません。お客さんたちに大きな声で、「うちの母ちゃんをよろしくねー」って言って。

 介護士の仕事をしていました。人の役に立つのが好きでしたから。葬儀には友達がいっぱい来てくれて。400人ぐらい来てくれました。

私はというと、毎日毎日泣いていました。仏壇の前で。息子は私と同じように、シンガー・ソングライターとしてデビューするのが夢でした。やり残したこともあっただろうにと思うとやりきれなくて。

息子が亡くなってから1年間は体がきつかった。一時は声が出なくなってしまいました。こんなふうに息子を亡くして、歌なんて歌っていられないなという気分でした。そんな気持ちでいたときに、息子が夢に出てきました。そして言うんです。「母ちゃん、俺の分も歌え。やんなくちゃいけない」って。

 思いがけず、それまで所属していたところとは別のコロムビアからお誘いがあり、移籍することになりました。また新しいところでやらせてもらえる。うれしくなりました。夢を探そうよっていう気持ちです。

 今も毎日、仏壇の前で息子に報告をしています。息子は月や星になって、見守ってくれているような気がします。

 思えば、いろんなつらい思いをしている人がいます。いろいろあるけれど、がんばっていかなくちゃいけないぞ。そう言い聞かせています。

 シンガー・ソングライターって、ありがたい仕事だと思っています。自分の気持ちを歌で表現できるんですから。


紅晴美さんの「夢見酒」は月刊カラオケファン 2017年 11 月号歌の手帖 2017年 11 月号および月刊ミュージック☆スター 2017年 11 月号に掲載されています。

月刊カラオケファン 2017年 11 月号歌の手帖 2017年 11 月号および月刊ミュージック☆スター 2017年 11 月号は21日発売です。amzonでも購入できます。

紅晴美さんの楽譜は、カラオケファンで下記の曲があります。

紅晴美さんの楽譜は、歌の手帖で下記の曲があります。

紅晴美さんの楽譜は、ミュージックスターで下記の曲があります。

「ぷりんと楽譜」では「紅晴美」さんのメロディ譜は残念ながらありませんでした。

スポンサーリンク