新曲演歌紹介。松原のぶえさんの「蛍火の宿」2017年10月4日発売

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今回の演歌好きの演歌新曲紹介は、2017年10月4日発売の松原のぶえさんの「蛍火の宿」です。

昭和54年「おんなの出船」でデビュー、2018年7月にはいよいよ歌手生活40周年目を迎える本格派ベテラン演歌歌手、松原のぶえさんの「十勝厳冬」以来のシングルです。
愛しい人を失くした切ない心を螢火に例えた、松原のぶえさんの十八番の熱唱演歌ですね。

作詞は郷里の大分在住の鎌田かずみさん、作曲には松原のヒット曲を数多く手がけた弦 哲也氏を起用しております。

カップリング曲「待ちわびて」は松原のぶえ本人の作詞による作品となっています。

 

松原のぶえさんは、大分県下毛郡耶馬溪町(現・中津市耶馬溪町)出身です。
幼少期より、川の岩場に立って歌を歌っていたといいます。
中学生の時、タレントを志し福岡のタレント養成所に通っていました。
中学3年生の時、北島音楽事務所にスカウトされました。
高校生の時、歌手を志し上京して、 1979年「おんなの出船」でデビューし、第21回日本レコード大賞・新人賞をはじめとする各種歌謡曲賞レースで新人賞を数多く受賞しました。
松原のぶえさんは、大分県の内陸部で生まれ育ち、18歳になるまで海を見たことがなかったため、デビュー曲「おんなの出船」の歌詞に出てくる波止場・桟橋・出船といったものの感覚にあまりピンと来なかったというエピソードがあります。
1989年には優れた女性演歌歌手に贈られるレコード大賞「美空ひばり賞」の第1回受賞者になりましたね。

松原のぶえ 「螢火の宿

松原のぶえ「螢火の宿」カラオケ

松原のぶえ「待ちわびて」カラオケ

 

収録曲

01. 螢火の宿
02. 待ちわびて
03. 螢火の宿 オリジナルカラオケ
04. 待ちわびて オリジナルカラオケ
05. 螢火の宿 ガイドメロ入りカラオケ
06. 待ちわびて ガイドメロ入りカラオケ

2017年10月4日発売

松原のぶえ 「おんなの出船」

松原のぶえ 「涙の桟橋 」

松原のぶえ 「桜、散る海 」

 

松原のぶえ 「男なら」

松原のぶえ 「蛍」

 

松原のぶえオフィシャルブログ

http://fukudakohei.info/category/blog

松原のぶえ |オフィシャルウェブサイト

http://www.nobue-matsubara.jp/

松原のぶえ | 日本コロンビアレコード公式ホームページ

http://columbia.jp/artist-info/nobue/

松原のぶえ プロフィール

<プロフィール>引用

本名 廣原(ひろはら) 伸恵(のぶえ)
生年月日 昭和36年7月18日
出身地 大分県中津市耶馬溪町(やばけいまち)
血液型 O型
デビュー 昭和54年7月1日 日本コロムビア(株)
『おんなの出船』
作詞:山田孝雄/作曲:船村徹
趣味 レコード鑑賞
アウトドア(キャンプ/釣)

松原のぶえファンクラブの案内

コンサート情報、新曲・アルバム発売情報、テレビ・ラジオ出演情報、ファッション情報、オリジナルプレゼント、パーティー等などCLUBノンよりたくさんの特典も付いています。

また、公開番組のチケットなども手に入れることが出来ます。
チケット割引ももちろんございます。

入会に当りましては下記の連絡先までお問い合わせください。

住所    東京都目黒区青葉台1-29-6
       ライオンズマンション中目黒209

電話    03-5721-9670

FAX     03-3792-3216

受付時間  平日13:00~17:00 (土日祝日は不可)

演歌歌手・松原のぶえさんが、腎不全を患い、腎臓移植を受けて生還したことを告白。

 2002年、北島音楽事務所から独立した松原。翌年には、デビュー当時からマネジャーを務め、独立後は事務所社長も務めていた夫の多額借金問題とドロ沼離婚劇で世を騒がせる。当時、松原は42才。体の異変は、この頃から起き始めた。

「いちばんストレスに悩んだ時期なんです。独立後はすべて自分が矢面に立つでしょう。お酒もたばこもやらないのに、どうにも疲れるなぁっていう日々が続きまして。日焼けしたように肌が黒くなって、全身がむくんでいったんです。その時は、精神的なものだったり、風邪を引いているのかなって自分で決めつけちゃって…。1年間も病院に行かなかったんです」(松原)

 症状は悪化するばかりで、ついには夜、布団に入っても息ができないほど苦しく、眠ることさえできなくなった。意を決して病院へ行った松原は、そこで衝撃の事実を知らされる。

「肺に大量の水が溜まっていたんです。しかも、腎臓が2つとも2%しか機能していないこともわかりました。そのときの私の腎臓、梅干しみたいに小さく固まっていたんです。あと1日か2日遅かったら、尿毒素が脳に回って大変なことになっていたと、先生に言われました」(松原)

 診断結果は、重度の腎不全。腎臓には、体内の水分を調節し、血液を濾過して老廃物を尿として排泄する機能があるが、腎不全になると、この機能が失われる。

 当初、薬だけで治療していた松原だったが、2007年の夏、人工透析を受けることを決断する。しかし、ここで問題が起きる。一般的に、透析は1回に5時間ほどかけるが、松原は、3時間以上やると血圧が急低下してしまう特殊な体質だったのだ。

「最初に透析を受けた時、一気に血圧が下がって、全身が硬直しちゃいましてね。結局、3時間しか透析を受けられないことになったんですが、そうなると、透析をしても血液の半分はまだ汚いわけです。食事や水分の摂取制限も厳しくて、水もわずかに口に含むくらいが精一杯。食べ物も水もダメ、やりたいことも疲れるからできない。この頃は本当につらくて、“もう人間やめちゃおうかな”って思ったくらいです」(松原)

 そんな彼女をいちばん側で見ていたのが、独立以降ずっとマネジャーを務めてきた、2才下の弟の廣原伸輝さんだ。そして2009年4月、公演に向かう車の中で、伸輝さんは、松原にこう告げたのだという。

「姉さん、来月、移植手術をしよう。ぼくの腎臓あげるから」。松原は仰天し、聞き返した。「何言ってんの? そんなことできるわけないでしょ!」。しかし、伸輝さんは頑として譲らなかった。

「なにしろ、すでに病院も先生も決めてあったんです。もうキャンセルはできないよって(笑い)。自分は大丈夫だという変な自信があったし、姉にはずっと歌を歌ってほしかったので…」(伸輝さん)

 この時、伸輝さんは、実家の母に初めて松原の病を告げたというが、母は予想通り、驚き、泣き崩れたそうだ。

「母親も“私の腎臓をあげるから”って聞かないんです。でも、70才近い母親の体にメスを入れるのは、絶対に反対だった。ぼくなら絶対に大丈夫だからって、なかば無理矢理納得してもらったんです」(伸輝さん)

 最終的に、松原も弟の好意を受け、腎臓移植手術に踏み切ることになった。そして、6時間に及ぶ移植手術は、無事成功。松原は2週間で退院し、排尿も順調で、生活が一変した。

※女性セブン2014年12月18日号より引用


松原のぶえさんの「螢火の宿」は月刊カラオケファン 2017年 11 月号歌の手帖 2017年 11 月号および月刊ミュージック☆スター 2017年 11 月号に掲載されています。

月刊カラオケファン 2017年 11 月号歌の手帖 2017年 11 月号および月刊ミュージック☆スター 2017年 11 月号は21日発売です。amzonでも購入できます。

松原のぶえさんの楽譜は、カラオケファンで下記の曲があります。

松原のぶえさんの楽譜は、歌の手帖で下記の曲があります。

松原のぶえさんの楽譜は、ミュージックスターで下記の曲があります。

「ぷりんと楽譜」では「松原のぶえ」さんのメロディ譜は下記の曲があります。

カラオケファンのバックナンバーを持ってない人はこちらで購入した方が安いですね。1曲からでも注文できますし、クレジット決済でもコンビニ決済でもできるし、自宅のプリンターでもコンビニのコピー機(複合機)でも出力できますから便利です。

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