新曲演歌紹介。五月みどりさんの「花満開」2017年10月18日発売

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今回の演歌好きの演歌新曲紹介は、2017年10月18日発売の五月みどりさんの「花満開」です。

男の優しさを心地良く歌い上げる、五月みどりのギター演歌! 女性の心情を数多く歌ってきた五月みどりですが、今作は男性の心情を歌います。心地良いテンポ感で、優しさと労りを描いた作品です。

五月みどり「花満開」

※画像はAMAZONの画像を利用していますのでクリックするとAMAZONのページに行きますので行きたくない方はクリックしないようにしてください。作品レビューとかもありますの購入予定の方とかカラオケを歌われる方は試聴がありますので参考になると思います。

五月みどり「花満開」

五月みどり「花満開」カラオケ

【収録曲】

1. 花 満開
2. おひまなら来てね
3. 花 満開(オリジナル・カラオケ)
4. おひまなら来てね(オリジナル・カラオケ)
5. 花 満開(半音下げカラオケ)
6. 花 満開(1ハーフコーラスカラオケ)
7. 花 満開(半音下げ1ハーフコーラスカラオケ)
8. お座敷ロック(ボーナストラック)

2017年10月18日発売

五月みどり 「おひまなら来てね」

 

五月みどり「悪女の季節」

五月みどり 「十秒殺して」

 

五月みどり |オフィシャルウェブサイト

http://www.satsukimidori.net/

五月みどり プロフィール

<プロフィール>引用

本 名 面高 フサ子

生年月日   昭和14年10月21日
出身地 東京都 江戸川区
学 歴 都立深川高等学校
趣 味 油絵・書道
血液型 A型
星 座 天秤座

昭和31年ニッポン放送の「ものまねのどじまん」で優勝。
審査員を務めていた宮城秀雄(宮城まり子の弟)に才能を認められ、同年5月、五月みどりの芸名をもらって初ステージを踏む。昭和33年11月『お座敷ロック』でコロムビアレコードよりデビュー。
昭和36年2月『おひまなら来てね』B面にて発売。大ヒットとなり、一躍スター歌手となる。

翌年2月『忙しくても来てね』発売、以後『明日も来てね』『一週間に十日来い』など「来てねシリーズ」をヒットさせる。
37年、38年、39年とNHK紅白歌合戦に連続出場。38年「一週間に十日来い」歌唱時に瞬間最高視聴率85.3%を記録。38年6月浅草国際劇場、大阪劇場でそれぞれ一週間のワンマンショーを開き、ともに連日超満員の大盛況。同年10月クラウンレコードへ移籍。昭和39年1月『温泉芸者』発売。以降『熱海で逢ってね』などの「芸者シリーズ」をヒットさせる。

一時期結婚により芸能生活を休止するも、その後ロサンゼルスのハリウッドに居を構え、アメリカと日本を往復。

昭和58年3月ポリドールレコードより『熟女B』発売。熟女ブームの先駆けとなる。歌手生活30周年を迎えた63年3月徳間ジャパンより『幸福芝居』発売。各音楽祭にて各受賞。

平成元年、秋「二科展」に初出品初入賞する。(作品:赤いストール)
平成2年5月15日~20日まで三越銀座店にて初の個展を開催し、初日完売の大盛況(延べ入場者数5万人)のうち幕を閉じる。2年夏、毎日書道展に入選。同年秋、2年連続「二科展」に入選する。
平成4年3月、多彩な才能の一環として着物デザイナーとしてデビュー。
平成5年徳間ジャパンより本人作詞『生涯青春』発売。

平成12年オリジナルティッシュbox教室「Venus」を代官山にOPEN。

平成15年『コロッケの唄』を40年振りにリメイク。17年本人作詞『女の旅情』を発売。
平成19年、歌手生活50周年の功績を称して、第49回日本レコード大賞「功労賞」を受賞
翌年2月恩師遠藤実作詞・曲『冬の月』をリリース。
平成24年10月、渥美二郎とのデュエット曲『東京ナイト』を日本コロムビアよりリリース。
バラエティー番組への出演も多数。

歌手・女優・画家と、まさにスーパーマルチなアーティストとして常に第一線にて活躍中である。

本日、10月21日生まれの演歌歌手は五月みどりさんです。 おめでとうございます。 10月18日に新曲「花 満開」リリースされましたね。「ハラヒラリ 花が舞う ハラヒラリ 花満開 いつだって女は花を咲かすの 泣かされて 怨んだり 夢ばかり 追いかけてた 蕾の花の頃 思い出すのよ アサガオ カトレ...

五月みどりさんは、1939年10月21日生まれで、東京都江戸川区のご出身です。

本名は、面高フサ子(おもだか ふさこ)といいます。

趣味は、プロ並みの油絵と書道ですね。

最初の結婚は?

五月みどりさんは、過去に、3度の離婚歴があるのですが、最初の結婚は、1965年、新栄プロダクション社長(後の会長)の西川幸男さんで、1971年に離婚されています。

離婚の原因は、西川さんの支配力が強く、夫の考えを強いられてばかりの生活に、五月みどりさんが耐えられなくなったからだそうです。

お二人には、息子さんと娘さんがおられ、息子さんは、プロゴルファーの西川哲さんですよね。

西川哲さんの元奥さんは菊池桃子さんで当時週刊誌も賑やかでしたね。

2013年、西川さんが、亡くなると、五月みどりさんは、前妻として、お葬式に参列されています。

「今、こういう男性はなかなかいないと思う。こういう人、いなかったと思う・・・。 恐かったけど、すばらしい人。」と、元ご主人の死を悼まれていました。

2度目の結婚は、1976年で、当時「日本テレビ」のディレクターだった、面高昌義(おもだか まさよし)さんでした。

お二人は、五月みどりさんが、レギュラー出演されていた番組、「金曜10時!うわさのチャンネル!!」のディレクターを、面高さんが務められていたことで知り合われ、恋愛に発展したそうです。

面高さんが、アメリカで、不動産事業を起こされたことから、ロサンゼルスで結婚生活をスタートされています。

五月みどりさんは、「この時が一番楽しかった。」と振り返っておられますね、

そんなお二人も、1984年に離婚。

離婚の原因は、面高さんの事業が苦しくなり、面高さんが、無断で五月みどりさんの財産を、使い込んでしまったことから、五月みどりさんが、ご主人を信頼することが、できなくなってしまったからだそうです。

ちなみに、面高さんも、2006年、「胸腹部大動脈瘤破裂」のため、65歳で亡くなっています。

悲報が伝えられた五月みどりさんは、「今はどう答えていいのか分からない」と困惑されていたようですが、お通夜には出席されたそうです。

別れたご主人が2人とも早く亡くなってしまい、五月みどりさんも複雑な気持ちだったことでしょうね。

1985年には、歌手の立花淳一(たちばな じゅんいち)さんと、3度目の結婚をされています。

(実際は結婚式を挙げただけで、入籍はされていなかったそうです)

立花さんは、五月みどりさんより、20歳も年下ということで話題となりました。

五月みどりさんは、結婚会見で、「今度こそは添い遂げます」と宣言されましたが、その決意もむなしく、1987年、2年という短い結婚生活に、ピリオドを打たれています。
離婚の理由は、よくある話ですが立花さんに女性がいたからで、

五月みどりさんは、「結婚式当日に彼の女性問題が発覚したり、その後も家に女性を連れ込んだり・・・ これは、どうにもならないなって(苦笑)」とおっしゃっていました。

なんだか、結婚に関してはお気の毒ですね。

こうして、3度の離婚を経験された五月みどりさんですが、現在は、五月みどりさんの元マネージャー、逸見文泰さん(へんみ ふみやす)さんと、事実婚の状態にあるとのことだそうです。

五月みどりさんの3度目の離婚会見が、逸見さんの初のマネージャーとしての仕事だったそうですが、五月みどりさんが会見を終え、部屋に戻った時に、「あぁ、私にはもう誰もいないのね」とつぶやくと、逸見さんが、「ぼくがいます」と、言われたそうです。

これは、マネジャーとしての、発言だったそうですが、五月みどりさんが、「きみにはぼくがついている」と勘違いされたことから、恋愛に発展したのだそうです。おもしろい勘違いですね。

 

プライベートは決して、幸せなことばかりではなかった五月みどりさんですが、趣味も多く、いろんなことに挑戦されて、いつも若々しく、すてきな女性だと思います。

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