演歌以外:テレビで大反響! 癌の妻、闘病5年。夫は毎日一話、書き続けた。ちょっと泣ける愛妻物語。

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今日の話題は、「妻に捧げた1778話」で「1778話目の最終回」でカズレーザーが15年ぶりに泣いたという話題です。

11月16日の「アメトーーク!」で「本屋で読書芸人」を放送していました。
その中で一番話題になっていたのが、カズレーザーさんが紹介した眉村卓『妻に捧げた1778話』という本です。

癌で余名宣告を受けた妻のために、小説家の夫はなにかできることはないかと考えます。

 何か自分にできることはないだろうか。
 思いついたのは、毎日、短い話を書いて妻に読んでもらうことである。
 文章の力は神をも動かすというが、もちろん私は、自分の書くものにそんな力があるとは信じていない。
 ただ、癌の場合、毎日を新しい気持ちで過ごし、よく笑うようにすれば、からだの免疫力が増すーーーとも聞いた。

毎日一話の物語が、実は、夫をいやす目的のものだったのではないかと思えてなりません。

人間の一生で遭遇する出来事の中で、配偶者を失うことはもっともストレスが高いものだそうです。

「妻をなぐさめ、笑わせるのだ」という使命感があって、5年間の「一日一話」を続ける。
その使命があるからこそ夫は、刻々と近づいてくる妻を失う瞬間に耐えられたのかもしれません。

1778話は、妻が亡くなった当日、書かれました。

 

余命は一年、そう宣告された妻のために、小説家である夫は、とても不可能と思われる約束をした。しかし、夫はその言葉通り、毎日一篇のお話を書き続けた。五年間頑張った妻が亡くなった日の最後の原稿、最後の行に夫は書いた──「また一緒に暮らしましょう」。妻のために書かれた1778篇から19篇を選び、妻の闘病生活と夫婦の長かった結婚生活を振り返るエッセイを合わせたちょっと変わった愛妻物語。

「妻に捧げた1778話」で「1778話目の最終回」

眉村先生は毎日1話を書き続けるにあたり、いくつか制約を設けました。
そのひとつがこれです。

そして肝心なのは、読んであははと笑うかにやりとするものでありたい

ということでした。

「話を読む」「けさも書く」から「最終回」へと続くともう泣けてきます。

最終回は、奥さんが天国で微笑んでいるのが想像できる内容でした。

気になる方はぜひ読んでみてください。

カズレーザーが「15年ぶりに泣いた」1冊が大反響!緊急重版に

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171118-00010004-jisin-entより引用

11月16日の「アメトーーク!」(テレビ朝日系)は、秋の恒例企画「本屋で読書芸人」を放送。又吉直樹(37)、光浦靖子(46)、東野幸治(50)らが出演したが、なかでもカズレーザー(33)が紹介した1冊が大きな話題を読んでいる。

昨年に続き登場したカズレーザー。オカルト情報誌「月刊ムー」が監修した『ムー公式 実践・超日常英会話』、袋とじを開くと短編小説が長編に変わる泡坂妻夫『生者と死者』(新潮文庫)、五十音が1文字ずつ消えていく世界を描く筒井康隆『残像に口紅を』(中公文庫)などの“珍書”を紹介していくなか、とりわけカズレーザーが激賞した1冊が眉村卓『妻に捧げた1778話』(新潮新書)。

SF作家の眉村はがんを患い余命1年を宣告された妻のために毎日1篇のショートショートを執筆し、妻に読ませていた。本書にはその中から厳選した19篇と、妻との日々を綴ったエッセイが収録されている。カズレーザーは、妻が亡くなった日に書かれた1778話目を「15年ぶりに泣いた」「本当に読んでほしい」と力説した。

それを聞いた光浦が「最後だけ読んじゃダメ?」とリクエスト。カズレーザーに最終話のページを見せられた光浦は「ダメ、泣ける」と一瞬で涙目に。「最終回だけでもいい」と言いながら涙を拭っていた。

ロケ終了後にはMCの宮迫博之(47)も「あれは読まなあかん」と手にとっていた『妻に捧げた1778話』。Twitter 上では《アメトーーク!みてまんまと読みたくなってしまった》《すっごい読んでみたい…泣かせてもらいたい…》と大きな反響を呼んでいる。

一方で《近所の小さい本屋では置いてなかった》《読みた過ぎて都内の本屋ハシゴしまくったけど何処にも売ってなかった》という声も。書店では品薄状態となっているようだ。

この大反響に版元の新潮社もすぐに対応。営業部副部長は《現在、懸命に重版中!!》とツイートしている。11月末ごろから再び書店に並ぶ見通しとなっている。

また、電子書籍はオンライン書店で購入可能。AmazonのKindleストアランキングではたちまち急上昇し、一時は1位にまで上り詰めている。

雨の日も風の日も

眉村卓

 妻が腹痛で入院し、手術を受けた。
虫垂炎と思っていたのが、悪性腫瘍で、五年後生存の可能性はゼロと言われた。
手術そのものは成功で二十日ばかりで退院し、週二日の通院をしながらの、当面は普通の生活になったのである。

 病人に負担をかけないように努め、仕事は極力減らしたものの、医師でない私には、他には何も出来ない。

 のんびり暮らし、中でも笑うことが、体の免疫力を増す――と聞いた。
読むと言ってくれたので、一日一本、短い話を書いて見てもらうことにした。
若い頃から妻はずっと協力者で、私の書くものに慣れてもいたのだ。

 私は自分で制約を設けた。
病人の神経を逆撫でするもの、深刻な話、これ見よがしのアイデアストーリーは書かない。
読んであははと笑うか、にやりとするものを心掛ける。
エッセイではなくフィクションで、一回原稿用紙三枚以上。
妻ひとりが読者ながら売り物になるレベルを維持する、等々である。

 妻の退院後半月ばかり経ってから、書き始めた。
途中、しんどかったらやめてもいいよと妻が言ってくれたこともあるが、いったんスタートした以上、やめると症状が悪化しそうな気がして、つづけたのだ。
とはいえ、とにかく妻のために何かをしているとの気持ちがあるせいか、書くのが辛いと思ったことはない。

 小康を保っている時期もあったものの、妻の病気はしだいに進行し、入院、手術もあったりして、発病から五年足らずで他界した。
おしまいの頃は、妻がほとんど眠っていたこともあり、こちらも精神的に追い詰められて、当初の制約を外してしまったのである。

 このたび、妻の三回忌を控えて、その間の事情や心象をまとめることになり、短い話も一部収録することになった。
妻の存命中や死後に本に収められたり掲載されたりした作品からも選んだが、それに未発表のものを加えて、二十編ほど入れてもらったのだ。

 こうしてまとめてみると、やはり、いろんなことを考えてしまう。

 全部で一七七八編の話は、書きつづけていたときの心理の推移を反映している。
私は制約があることをバネにして新しいタイプの話を生み出そうと頑張ったつもりだったが、見方を変えると、しだいに歪んでいっているとも言えるだろう。
そして、その後の過ぎて行った月日は私に、当時の、荒波の中をやみくもに突き進みながら、その日その日に最善をと、おのれに言い聞かせていた毎日を、妙に懐かしく思い出させるのである。
まあ、また何年間かが過ぎれば、別の心境に至ることになるのかもしれないが……。

(まゆむら・たく 作家)
波 2004年6月号より

 

 

 

そもそもこの本は、一般向けに書かれた作品ではありません。

タイトル通り「妻に捧げた1778話」に対して、「面白い or 面白くない」のジャッジをするものであはありません。

この本に載せた作品は、当然ながらそのごく一部で、選んだ基準にしても、出来の良し悪しより、書きつづけている間のこちらの気持ち・手法の変化とその傾斜――ということを優先させた。そのあたりを読み取って頂きたいのが、私の願いである。

作者の眉村先生もこのように語っていますし、「このとき眉村先生はどんな心情だったのだろう?」と想像しながら読むのが、正しい読み方かもしれません。

「えんかすき」もがんで6ヶ月の闘病生活を送りました。幸いにも命を長らえています。抗がん剤との戦いは、まさに「闘病」と呼べるものです。それを5年間行ったという「眉村先生の妻」も素晴らしいですし、それを支えた眉村先生も素晴らしいですね。夫婦というものはそういうものだと思いますが、結婚してから何年経っても、お互いがお互いの存在を誇りに思うのは素晴らしいことだと思います。

この記事を書いてても涙が出てきます。