新曲演歌紹介。小林幸子さんの「存在証明」2017年12月6日発売

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今回の演歌好きの演歌新曲紹介は、2017年12月6日発売の小林幸子さんの「存在証明」です。

演歌・歌謡曲からボカロ曲まで唄ってきた小林幸子が「今に生きる人たち」へ贈るメッセージソング。
時代の窮屈さや先の見えない未来に対し、不安や不満も持っている方々へ、小林幸子が母親のような包容力のあるメッセージを性別、年齢、国境などを超えて幅広い皆さんにお届け致します。
カップリングにはボカロカバー曲
「サチコサンサチコサン」をCD初収録!
2016年11月に投稿した動画が、現在再生回数180万回突破!

小林幸子「存在証明

 

※画像はAMAZONの画像を利用していますのでクリックするとAMAZONのページに行きますので行きたくない方はクリックしないようにしてください。作品レビューとかもありますの購入予定の方とかカラオケを歌われる方は試聴がありますので参考になると思います。文字もリンクしています。

小林幸子 「存在証明

小林幸子、今年も「いろんなコスプレ」 漢字で振り返ると「在」

小林幸子が歌う!サクラ大戦 主題歌 「檄!帝国華撃団」

小林幸子 「千本桜」

 

【収録曲】

1. 存在証明[作詞・作曲:志倉千代丸/編曲:Tak Miyazawa(SUPA LOVE)]
2. サチコサンサチコサン
[原曲作詞・作曲:ナユタン星人/編曲:岡島俊治、大山徹也/歌詞アレンジ:チーム5884]
3. 存在証明(オリジナル・カラオケ)
4. サチコサンサチコサン(オリジナル・カラオケ)
世代を超えて心に響く“小林幸子”珠玉のメッセージソング
「存在証明」c/w「サチコサンサチコサン」
2017年12月6日(水)発売!

小林幸子 「いそしぎ」

小林幸子「雪泣夜」

小林幸子 「大江戸喧嘩花」

小林幸子 「越後絶唱」

小林幸子オフィシャル (@Sachiko_5884) | Twitter

小林幸子オフィシャルブログ

https://ameblo.jp/sachiko-kobayashi/

小林幸子 Official Site

http://www.sachiko.co.jp/

小林幸子さんプロフィール

本名:林幸子
生年月日:1953年12月5日(昭和28年)
デビュー年月日:1964年6月5日(昭和39年)
出身地:新潟県・新潟市
血液型:A型
趣味:陶芸 / スキューバダイビング
特技:日舞 / 三味線 / 和太鼓 / 殺陣
代表曲:おもいで酒 / とまり木 / もしかして / 雪椿 / 孔雀 / 茨の木 / 蛍前線 / 越後に眠る 他
URL http://www.sachiko.co.jp
ブログURL http://www.sachiko.co.jp/blog/
デビュー年 1964
プロフィール 1963年、TBS「歌まね読本」に出演しグランドチャンピオンとなる。翌年10歳で「ウソツキ鴎」でデビュー。79年「おもいで酒」が200万枚突破の大ヒットとなる。同年、NHK「紅白歌合戦」初出場。2013年「芸能生活50周年」を迎える。同年「新潟県民栄誉賞」を受賞。舞台・テレビドラマ・声優・バラエティなど多方面活躍。最近ではニコニコ動画などで若い世代からも支持。
代表作品1年 1979
代表作品1 CDシングル『おもいで酒』
代表作品2年 1984
代表作品2 CDシングル『もしかして』
代表作品3年 1987
代表作品3 CDシングル『雪椿』
職種 音楽
好きなスポーツ スキューバダイビング
趣味・特技 日本舞踊/陶芸/観劇

1953年12月5日新潟県新潟市に生まれる。
64年10歳で「ウソツキ鴎」でデビュー。
79年「おもいで酒」が200万枚突破の大ヒットとなる。
日本レコード大賞「最優秀歌唱賞」を始めとする数々の歌唱賞を受賞。
同年、NHK「紅白歌合戦」初出場。以来33回連続出場。
2006年「紺綬褒章」受章。第27回松尾芸能賞「大賞」受賞。
08年第63回文化庁芸術祭・大衆芸能部門にて「優秀賞」を受賞。
13年「芸能生活50周年」を迎える。
13年新潟県より「新潟県民栄誉賞」受賞。
14年50周年記念ファイナルコンサートを「日本武道館」にて開催。
15年新潟市より「にいがた市感謝大賞」受賞。
15年「新潟市立日和山小学校」の校歌の作成。
舞台、テレビドラマ、声優、バラエティなど多方面で活躍。
台湾観光親善大使・新潟観光大使・お米大使にも就任。
最近ではニコニコ動画などで若い世代からも支持。

主な出演CM 他

アイフル(CMソング)
サントリー 『BOSS7』
秋葉原電気祭り
日清カップヌードル『キムチ』
ピップ『エレキバン』
HONDA『エアウェイブ』
年末ジャンボ宝くじ
アイリス・オーヤマLED電球『エコルクス』
東洋水産『マルちゃん四季物語秋のときめき』
ニッスイ『冷凍たこやき』CDソング『たこやき恋唄』

京楽産業パチンコ実機「華王」(メインキャラクター)
ニューギンパチンコ実機「華麗なる小林幸子の世界」(メインキャラクター)

 

紅白落選でもラスボス小林幸子が示した“干され芸能人“の生きる道

11月26日に発表された、今年の『NHK紅白歌合戦』の出演者。しかし、過去33回も同番組に出演した小林幸子は、今年も呼ばれなかった。この仕打ちに、明石家さんまが「小林幸子さんと美川憲一さんが出てない紅白は、俺はちょっと許せない」「あんだけ紅白支えてきた2人を外すって…」と苦言を呈して話題になったが、当の小林幸子はまったく意に介してないようだ。

12月3日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)でも、小林は「紅白については33回もやりきったので未練はありません。今は新しいことにチャレンジするのが楽しい。進化するラスボスの姿を見せます」と、余裕のコメントを出した。

たしかに、今年の小林は、少し前とはまったくちがう状況にある。2013年の前半までは、芸能界を干され、完全に追いつめられていたが、今は、テレビにほとんど出ていないのはかわっていないが、オタク界隈でカリスマ的な人気を誇っているのだ。

たとえば、今夏には、世界最大の同人誌即売会である「コミックマーケット」に、「5884組」(こばやしぐみ)のという名で一般参加。人気ボーカロイド曲をカバーしたアルバム『さちさちにしてあげる♪』を自ら手売り販売したのだが、ファンが1kmほど並ぶ人気で、事前に用意していた1500枚は即完売になったという。

普通のコンサートにも、それまでいまかった若い観客が詰めかけ、11月17日には、武道館コンサート「50周年記念小林幸子in日本武道館」を開き、ニコ生で中継された。さらに、来年は海外をめざすと宣言している。

いったい小林幸子に何が起きたのか。この間の経緯を振り返ってみよう。小林が紅白はもちろん、芸能界からも追放されそうになったのは2012年のこと。小林の個人事務所である「幸子プロモーション」の女性社長と専務が社を去り、それが表沙汰になった途端、小林の転落が始まったのだ。当初は、前年に結婚した小林の夫が、芸能界のしきたりを理解せずに幸子プロモーションの経営に口を出したことで、小林と元社長・元専務の溝が深まったと報じられた。

しかし、「週刊文春」2012年4月19日号(文芸春秋)では、元社長・元専務の2人に任せきりにされていた社の経理が不明瞭で、小林は自身のグッズの収支すら一切把握できていなかったことが明らかになり、双方の主張が対立する泥沼のお家騒動へと発展していったのだ。

同じく「週刊文春」12年10月18日号は、「芸能界のドン」と呼ばれ、マスコミにも大きな影響力を持つ大手芸能事務所バーニングの社長が元社長・元専務の後ろ盾となったために、スポーツ紙やテレビは小林に対するネガティブキャンペーンを開始し、小林が知人に送ったメールがそのままマスコミに流れたこともあった、と報道。さらには、事態を重く見たレコード会社が新曲発売の延期を決め、レコード会社との契約解消する事態に追い込まれた。

作詞家・作曲家といった音楽関係者もバーニングを敵に回した小林との仕事を敬遠し、スタジオさえ借りられなかったために、別の歌手の名前を使ってレコーディングに及んだという。周囲に圧力をかけて小林を孤立させる……まさにバーニングの常套手段といったところだろう。

普通なら、ここで完全に消え去ってしまうか、バーニングに屈服して元の鞘におさまるところだが、小林はどちらも選ばなかった。小林が活路を見出したのは、それまでまったく縁がなかったオタク界隈だった。

もともと、小林は紅白でおなじみの「火の鳥」や「メガ幸子」といった巨大衣装がRPG系のゲームに出てくる「ラスボス」のような威圧感だとオタク界隈でひそかな人気があった。小林はそのことに気づいて、騒動直後の2012年にニコニコ生放送に出演を皮切りに、ニコ動に積極的にかかわりはじめる。その年の年末には、ニコ動の年越しイベントに動画コメントの形で参加し、13年9月には、ニコニコ動画に”歌ってみた”動画を初投稿した。すると、わずか2日あまりで100万回再生を突破。これで、小林は完全に覚醒し、オタク路線を本格化させた。

昨年の大みそかにニコニコ生放送で配信された『ラスボス小林幸子による年越しライブ&カウントダウン』では、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、プロジェクションマッピングなどの最新技術を使ったド派手な演出で観客を魅了し、番組の総来場者数は85万4946人、総コメント数は26万7167コメントを記録するなど、演歌歌手としては異例の人気を博した。そして、先に紹介したコミケへの参加……。小林は音楽系ニュースサイトで、オタク路線に踏み込んだ心境を以下のように語っている。

「私も面白がるほうですから(笑)。躊躇しなくてわりとスッと入っていく性格なもんですから、大スベリするかもしれなかったんですけど、やっていったことが受け入れていただけたのかなって思います。とりあえずやってみる、というのが、今回の新しいことに全部つながっていった感じですね。」

しかし、小林はたんにやってみただけでなく、オタク文化をかなり理解しているようだ。先述したコミケでは、猛暑にもかかわらず、買えなかったファンに握手して回る”神対応”を見せたり、一般人と同じ入り口を使用し、他のブースに行ってあいさつする「ご近所回り」をしたりとコミケのルールも守った。こうしたことがさらに好感度をアップし、現在の破竹の勢いを生み出したのだろう。

この人気に、最近は小林を干していたオールドメディアもほっておけなくなり、冒頭で紹介した『ノンストップ!』など、数少ないながらも小林のことを取り上げるテレビ番組が出てきた。まさに一発逆転──。

ネットは、バーニング、ジャニーズなどの圧力が全く効かない世界だ。しかも、ここにはテレビなどの”オワコン”に見向きもしない多くの新しい観客がいる。大手事務所に干された芸能人がこれから小林をまねて、どんどんネットやオタク界隈に進出するようになるかもしれない。そしてもしかしたら、そのことが、芸能界におけるバーニング、ジャニーズ支配を崩すきっかけになる可能性もある。

ただ、そのためには、小林のように新しいことにチャレンジする精神とその文化を理解する感度が必要だ。小林は先のインタビューで今後の夢をこう語っている。

「ひとつはボカロPのような新しいクリエイターとの出会いで、奇跡的な化学反応を起こしたい。もうひとつは、リアルなバンドと、アレンジからスタジオに入って作品を作りたい。そして夢を言うと、世界に出たい。着々と計画しています。日本のシンガーとして〈SXSW〉とか出ようと真面目に思っています。」

ドンの一声によって右往左往するテレビ番組やスポーツ新聞といった”オワコン”オールドメディアは、どんな気持ちで小林を見ているのだろうか?

私は変わった」小林幸子が語る、紅白舞台裏とネット民に受け入れられた理由

これまで『紅白歌合戦』に計34回出場し、最近では「ラスボス」としてネットの住人からも人気の小林幸子。今回はそんな小林さんに紅白での豪華な衣装についてや、最近のネットでの活動など、色々とお話を聞いてきました!

15年もの下積み生活を経験した小林幸子

小林さんは9歳でスカウトされ、芸能界デビューしたのはなんと10歳の時!
「若い子に10歳でデビューしたことを言うとビックリされますね」

しかし、デビュー後は鳴かず飛ばずの状態が続きました。そんな小林さんに転機が訪れたのは、デビューから15年ほどが経った1979年。『おもいで酒』がB面ながらも話題になり、大ヒットを記録します。そして同年、この『おもいで酒』で紅白初出場を果たしたのです。(その後2011年まで連続33回出場)

小林幸子が豪華衣装を始めたきっかけは

小林さんといえば、紅白で披露される豪華で大がかりな衣装が毎年話題になっています。しかし、紅白に出始めた当初は、「普通に舞台まで歩いて行って歌ってましたよ」と自身が語るように、そこまで大がかりな演出ではありませんでした。「ラスボス」と呼ばれるきっかけにもなった豪華衣装を、始めるきっかけは何だったのでしょう。
「元々パフォーマンスが好きだったので、緊張をまぎらすためもあり、大がかりな演出をする前から十二単を着たり(1985年)、クレオパトラになったり(1986年)して歌ってました。そんなときに、当時の市川猿之助さん(現・二代目市川猿翁)に出会ったのが豪華衣装のきっかけです」

現・二代目市川猿翁といえば、大掛かりな舞台演出で有名な「スーパー歌舞伎」の創始者。
小林さんはこの「スーパー歌舞伎」を見て、「自分もこういう衣装を着て歌いたい」と思い直談判。
その結果、1989年紅白での天女をイメージした衣装演出から、現在まで続く大がかりなパフォーマンスがスタートしたのです。

しかし、実を言うと何度か豪華衣装を着たパフォーマンスを辞めようと考えたこともあったとか!
「猿之助さんから『より大がかりの衣装にしていくのも目標でしょうが、最終的な目標は”元に戻す”ことです』と伝えられていたんですね。でも、私が思っている以上に、みんなが衣装に対して物凄く期待してくれるのが分かり、引けなくなっちゃって(笑)」

壮絶な豪華衣装の舞台裏

そんな一見すると、華やかに見える豪華衣装の裏には、壮絶な苦労が隠されています。昨年の紅白における前日のカメラリハーサルで「メガ幸子」が動かなくなるというトラブルに見舞われて大変だったそう。
「私が『大丈夫なの!?』と言ったら、みんな『大丈夫です!』と言ってくれたので、不安なく歌えたんです。でも、本番が無事に終わった後に『実は、朝まで不眠不休で修理し時間との勝負でギリギリでした。現場は真っ青になりました』と聞いて、本当に驚きました。みんなが私に心配かけないようにと、配慮してくれたんですね」

しかし本番を大成功に導いたのは間違いなく、裏方のスタッフも含めた多くの方々の努力によるところが大きい。小林さんもこう語ります。
「今回だけでなく、過去の紅白でも感じていることですが、本番で歌うのは3分だけ。

だけども、それぞれの持ち場の人が3分間のために1秒、1mm単位でこだわって戦っているんですね。もはやプロを超えていますよ。5884組のみんなに本当に感謝です」

小林幸子が語る紅白独特の雰囲気

ところで、小林さんは紅白歌合戦について、過去のインタビューで「普通の歌番組とは違う」と語っていました。紅白独特の雰囲気について、次のように語ります。
「紅白は不思議な空間です。日本の音楽界で選ばれた人たちがでていることもあって、その人達から出るエネルギーやパワーが、本人が出そうとしていなくても出ています。目に見えないですが、”妖気”みたいなものがありますね」

そして紅白には、特有の緊張感もあるようです。
「普通に『どうも~』と喋っていても、みんな心ここにあらずという感じです。本番前になると、あっちこっちで『はあ~、どうしよう』という声が聞こえるんですね。みんな同じだなと(笑)。緊張からですよね、多分。
やはり生放送ですので、”もう1回”ができないですし。そして、紅白という舞台に選ばれたからには素晴らしいパフォーマンスをしたいと皆思うわけですから」

小林幸子が幅広いジャンルで活躍できる理由

そんな小林さんですが、最近では演歌というカテゴリーに囚われず、『ニコニコ動画』など幅広いジャンルで活躍中。そこには「大御所だから」という意識がないように思えます。
「以前はそういう意識もありましたよ。でも、時代は間違いなく変化していることにふと気づいたんです。

確かに演歌の歌い手ですが、ここだけで留まるのでなく、もう少し違う世界みたいなと思いました」

このように思った時、小林さんは自らの知らないうちに、「垣根」や「壁」を作っていたことに気付いたといいます。小林さんは「垣根」や「壁」を壊す大切さについて、こう語りました。
「新しいことをするには、垣根とか壁を取っ払う必要があります。これって凄く勇気のいることだけど、とても簡単なことなんですね。自分の場合、あるきっかけがあったので、もの凄くすっと入っていけて。そうしたら、周りのスタッフも面白がって、『ニコ動』の話などをしてくれたんです」

「垣根」や「壁」をなくしたことで、「今は凄く楽しい」と語る小林さん。
「周りも面白がって色んな話が来ますね。たまにプロレスとか、こんなことをやって、私本当に良かったのかしら? と思うものもありますが(笑)」

実感がなかったネットでの人気

このように垣根を越えて活動した結果、かなり幅広い層に愛される存在になりました。小林さんいわくファンの方は、デビュー当時から知ってくれている層・『おもいで酒』ヒットからの層、ポケモンの主題歌(『風といっしょに』)などからの層がいるといいます。
そして今年から、なんと子供向け番組で「歌のお姉さん」としてレギュラー出演中!
「どこがお姉さんなんだか、よくわかりませんが(笑)。本当にお姉さんでいいんですかと聞いたら、『いいんです、いいんです。番組のタイトルが”ワラッチャオ!”ですから』と言われました(笑)

でも、凄く幅広い世代の人たちが知ってくれるようになって、嬉しいですね」

幅広い層から高い支持を得た結果、見事に昨年の紅白では4年ぶりの復活出場を果たしました。
「80歳くらいのお爺さんお婆さんは『ラスボス降臨』ってなんだろう? とお孫さんに聞いたりしていたそうです(笑)」

しかし小林さん自身も、「若いネットのユーザーから人気がある」といわれても最初は実感がなかったとのこと。
「やはり生まれた時からパソコンがある世代とそうでない世代では、全く違いますよね。ネットで100万回見られた(注:小林さんがニコニコ動画に初めて投稿した動画が3日で100万再生を超え、当時話題になっていた)といわれても、最初はピンとこなかったんです。でも、徐々にイベントなどに出させてもらったり、動画投稿を重ねるうちに、すこしずつみんなに受け入れてもらえているという実感が出てきました。
そして昨年の紅白の演出で、インターネットの世界とのコラボができて、みんなが書き込みしてくれたでしょ。あのとき本当に沢山のネットユーザーの皆さんに応援していただいているんだなあと、感謝でした」

小林幸子の次なる目標は?

さて、最後に小林さんに今後の目標を聞いてみました。
「目標はないですね。それは良い悪いではなくて、ただ目の前のことを一生懸命に行うという意味です。
よく幸子さんどこに向かってるんですか? と聞かれますが、別にどこにも向かってないけどなって思います。

本当にこの4、5年で思い込みを捨てて、変わりましたから。今もありがたいことに、色々オファーが来ているので、それらを面白がって一生懸命精一杯やるだけです。そうするとまた新しい出会いが来てくれるはず」

今後もまだまだ面白い企画を考えていると語る小林さん。次は一体どんな新しい「小林幸子」が見られるのか期待です!

https://www.excite.co.jp/News/90s/20160601/E1464161843919.html?_p=1より引用


小林幸子さんの「存在証明」は月刊カラオケファン、歌の手帖 、月刊ミュージック☆スターおよび新曲歌謡ヒット速報に掲載されているかもしれませんので下記で検索してみてください。 検索するのもいろんな曲が出てきて楽しいですよ。

カラオケファンで小林幸子さんの楽譜は、下記で検索できます。

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プリント楽譜で小林幸子さんの楽譜は、下記で検索できます。

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