演歌以外:「よき友とは」について。

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今日のお話は、「よき友」についてのお話です。

今日は、9月25日、「主婦休みの日」(生活情報紙『リビング新聞』が2009年に制定。)だそうです。(日頃家事を主に担当している主婦がリフレッシュをする日。読者のアンケートにより1月25日・5月25日・9月25日を「主婦休みの日」とした。)

年に3回、主婦が堂々と休める日が「主婦休みの日」

「主婦休みの日」はサンケイリビング新聞社が提唱する記念日で、日本記念日協会にも認定されています。

この日は主婦が、家族や世の中に対して気兼ねなく家事を休めるそう。多くの人に知ってほしい、とてもいい記念日ですよね。

わざわざ「主婦休みの日」が設定された背景には、主婦が365日、休みのない仕事だということがあげられそうです。

家族が休みの土日でも普段と同じかそれ以上の量の家事をこなし、お盆や年末年始などは義理の実家へ行かなければならず、気が休まらない…そんな人も多いはず。

さらに、赤ちゃんや介護が必要な家族がいると夜中の授乳や介助が必要になり、365日どころか24時間稼働することになります。

大変な仕事ですよね。

たまにはお休みして「よき友人」たちと趣味に会食に、自分の時間に浸ってみたいですよね。(浸ってみてください。)

「よき友」について

ブッダの教えに、良き友を持つことの大切さがしばしば説かれています。
良き友を持つべし、悪しき友を持つべからず、もしも良き友を得ることができないのであれば、そのときには独り歩むべし、などと説かれています。

このような教えは、世間の常識とも合致しており、当たり前のことのように思われます。
しかし、この種の教訓を実践することは必ずしも容易なことではありません。社会のなかで生きる私たちは必ず誰かと関係し合いながら生きています。
必ず誰かと交流を持っています。

そんななか、真に良き友を得ることは難しく、悪しき友を得ることは容易いものです。

ブッダの「友」について

「お師匠さま、よき友を得ることは聖なる道の半ばだと思えるのですが、どうなのでしょうか」

私の考えですが、「聖なる道」というのは「正しい生き方」というような意味ではなかったかと思います。

そのとき、お釈迦さまはこう答えました。

「アーナンダよ、よき友を得ることは聖なる道の半ばではない」

アーナンダは「やはり自分は未熟で何もわかっていない」と、がっかりしたかもしれません。

が、お釈迦さまの口から続いて出てきた言葉は、アーナンダの予想を超えるものでした。

「アーナンダよ、よき友を得ることは聖なる道の半ばではなく、聖なる道の全てである」

お釈迦さまはこう説明しました。

「私(お釈迦さま)を友とすることによって、人は老いる身でありながら老いを恐れずにすみ、病むこともある身でありながら病むことを恐れずにすむ。

必ず死すべき身でありながら、死の恐れから逃れることができる。

よき友を持つことは、幸せに生きることの絶対的条件なのだ」と。

それでは「よき友」というより「師匠になってしまう」との異論が出そうですが、それは本来の「友」という意味が正しく伝わっていないせいでしょう。

本来の「友」とは、遊び相手とか遊び仲間というようなものではなくて、人生上の悩み・苦しみ・苦悩・煩悩を少しでも軽減してくれるような“気づき”を教えてくれる人、のようです。

それは同時に、自分もそういう存在になることが「よき友」と言われる条件ということでもあります。

そのように教え合うこと、学びや気づきを知らせ合うこと、交歓し合うことが「友」というものなのかもしれません。

よき友とは、学びがある友だとしたら、逆に自分も「よき友」となるためにはこちらからも何か提供できる人である必要があります。

職場の仲間も、学校の仲間も、互いに刺激し合い高め合えるからこその「よき友」であり、それが貰ってばかりだとしたらよき友とはいえません。

「友人」と言う存在は、貴重なものであると同時に、難しいものでもある。

友人がたくさんおり、有意義な毎日を送る人もいれば、友人との関係に頭を悩ませ、何も手に付かないという状態の人もいる。

一緒に仕事を出来る友人もいれば、遊ぶだけで一緒に仕事はしたくない、と言う友人もいて、「友達付き合い」は様々な人間関係の縮図とも言えますね。

友人は、家族の次に近い存在なので「友人の選び方」はおそらく重要である。

「朱に交われば赤くなる」と言ったことわざがあるように、友人の影響は大きい。

しかし、「友達の選び方」など、そもそも正解があるのでしょうか?

徒然草「友とするに悪き者、七つあり」 

徒然草には、 「友とするに悪き者、七つあり」 と書かれています。

友とするに悪き者、七つあり

一つには、高く、やんごとなき人

二つには、若き人

三つには、病なく、身強き人

四つには、酒を好む人

五つには、たけく、勇める兵

六つには、虚言する人

七つには、欲深き人

現代の感覚しては若干「?」という部分もありますが、概ね理解できますね。

エライ人、理解し合えない若手、健康すぎて病人の気持ちがわからない人、酒好き、血気にはやる人、嘘つき、そして、欲が深い人は、友達として望ましくない、と言っています。

逆に、徒然草には「よき友、三つあり」とも書かれています。

一つには、物くるゝ友

二つには医師

三つには、知恵ある友

物をくれるような気前のいい人、健康状態を相談できる医者とは友だちになっておけ、というのはかなり現実的だ。

また、「知恵ある」というのは、単に頭が良い、というだけではなく「思慮深い」という意味も含まれているのではないかと思います。

互いに成長し合い、与えられる人でありたいですね。

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