話題曲紹介:「ヨイトマケの唄」

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演歌好きの注目曲:「ヨイトマケの唄」再稿

先週紹介した「ヨイトマケの唄」ですが、「ヨイトマケの唄」が誕生した経緯がありましたので 再度追加しました。文章より、美輪明宏さんが「徹子の部屋」で語っています。話を聞いているともらい泣きしてしまいます。歌も時代とともに表現が変わってきています。やはり何度聞いてもいい曲です。日本の文化としても重要な歌詞ですね。

丸山明宏さん歌唱の「ヨイトマケの唄」です

美輪明宏さん歌唱の「ヨイトマケの唄」です

2012年の『NHK紅白歌合戦』で“本来の歌い手”美輪明宏さんが熱唱

大竹しのぶさんの「ヨイトマケの唄」

「ヨイトマケの唄」が誕生した経緯

美輪明宏さんが「ヨイトマケの唄」を作った経緯について涙ながら語っています。
聞き役の黒柳徹子さんも、もらい泣きです。
「(徹子の部屋」より)

「ヨイトマケの唄」について

「ヨイトマケの唄」(ヨイトマケのうた)は、美輪明宏さんが自ら作詞作曲した1966年のヒット曲です。
発表当時は美輪明宏さんの旧芸名「丸山明宏」名義でした。

この「ヨイトマケの唄」の歌は、美輪明宏さんの小学校時代の同級生とその母親をモデルに作られたそうです。

聴いて分かるとおり、貧乏な家で育った子供が、母ちゃんの仕事のことでいじめられつつもそのがんばる姿を見て立派に成長し、その母ちゃんの唄っていた『ヨイトマケの唄』のことを思い出すというものです。

2012年の『NHK紅白歌合戦』で“本来の歌い手”美輪明宏が熱唱したことにより、大きな注目を浴びた『ヨイトマケの唄』ですが、長らくこの曲は、日本民間放送連盟(民放連)が制定した要注意歌謡曲指定制度によって、「放送禁止歌」の烙印を押されていました。理由は、「土方」(どかた)、「ヨイトマケ」という差別用語が、歌詞中に含まれていたからだそうです。
1983年に制度自体は廃止されましたが、民放各局は、これまでの通例に則り、『ヨイトマケの唄』の放送を自粛しました。

名曲を歌い継ぎたい桑田佳祐さんの想いは、この母子の愛を唄った普遍の名曲を、世に解放したいという、強い気持ちがあったのではないかと思います。

2012年大晦日、美輪本人が紅白のひのき舞台で歌うに至ったのです。その晴れ姿を誰よりも喜んだのは、“音楽寅さん”を自称する、桑田佳祐さんだったのではないでしょうか。

「土方」とは・・・

   土木作業員及び建築作業員の通称
   建築工事及び土木工事の地業に関わる者に対して用いられる。
   古くは天皇陵、遷都、治水、開発、開拓、戦闘における
   工作及び普請の城壁築造技術者等が土方の職域であった。
   現在、建設業では土工(どこう)が正式名称となっており、
   土を動かす職業やその事業に従事する者全般を指す。
               
 名称に関しては

   土方は土建屋という呼び方と共に差別用語及び
   放送禁止用語と扱われる。
   建設業者及びその従事者を指す言葉として
   古くから使われて来たが、上下関係の差別を強要する
   傾向があるのが理由とされている。

                     WIKIPEDIAより引用

「ヨイトマケ」とは・・・

「ヨイトマケ」とは、「建築の地固めをする際に、大きなつちの綱を引くときのかけ声。転じて、これに従事する人足。多くは女性」(広辞林)とあります。

丸太を三本組み合わせてピラミッド型を作ります。灰色の円柱形は重しです。これをロープで引っ張って上にあげて、手を離すとニュートンの法則にしたがって、重しは落ちてくる。これで地面をならすんです。
「♪父ちゃんのためならエ~ンヤ」で力をあわせて引っ張り上げて、♪「コ~ラ~」で一斉に手を放します。


ヨイトマケの歌

【作詞】丸山明宏
【作曲】丸山明宏

父ちゃんのためなら エンヤコラ
母ちゃんのためなら エンヤコラ
もひとつおまけに  エンヤコラ

1.今も聞こえる ヨイトマケの唄
  今も聞こえる あの子守唄
  工事現場の昼休み
  たばこふかして 目を閉じりゃ
  聞こえてくるよ あの唄が
  働く土方の あの唄が
  貧しい土方の あの唄が

2.子供の頃に小学校で
  ヨイトマケの子供 きたない子供と
  いじめぬかれて はやされて
  くやし涙に暮れながら
  泣いて帰った道すがら
  母ちゃんの働くとこを見た
  母ちゃんの働くとこを見た

3.姉さんかぶりで 泥にまみれて
  日にやけながら 汗を流して
  男に混じって ツナを引き
  天に向かって 声をあげて
  力の限り 唄ってた
  母ちゃんの働くとこを見た
  母ちゃんの働くとこを見た

4.なぐさめてもらおう 抱いてもらおうと
  息をはずませ 帰ってはきたが
  母ちゃんの姿 見たときに
  泣いた涙も忘れ果て
  帰って行ったよ 学校へ
  勉強するよと言いながら
  勉強するよと言いながら

5.あれから何年経ったことだろう
  高校も出たし大学も出た
  今じゃ機械の世の中で
  おまけに僕はエンジニア
  苦労苦労で死んでった
  母ちゃん見てくれ この姿
  母ちゃん見てくれ この姿

6.何度か僕もぐれかけたけど
  やくざな道は踏まずに済んだ
  どんなきれいな唄よりも
  どんなきれいな声よりも
  僕を励ましなぐさめた
  母ちゃんの唄こそ 世界一
  母ちゃんの唄こそ 世界一

今も聞こえる ヨイトマケの唄
今も聞こえる あの子守唄
父ちゃんのためなら エンヤコラ
子どものためなら エンヤコラ


昭和の懐かしい思い出です。いい曲は後世に残していきたいものです。

美輪明宏さんが語る戦争 原爆被爆体験 平和について

戦争のない平和な世界も後世に残していきたいですね。

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