演歌以外:感動する話「野球、ごめんね」というお話です。

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今日のお話は、「野球、ごめんね」というお母さんと子供のお話です。

今日は、11月13日、今日の記念日は、

うるしの日

日本漆工芸協会が1985(昭和60)年に制定。平安時代のこの日に、文徳天皇の第一皇子・惟喬親王が京都・嵐山の法輪寺に参籠し、その満願の日のこの日に漆の製法を菩薩から伝授したとされる伝説から。
この日は、以前から漆関係者の祭日で、 親方が職人に酒や菓子などを配り労をねぎらう日であった。

いいひざの日

ゼリア新薬が制定。「いい(11)ひざ(13)」の語呂合せ。

県民の日 [茨城県]

茨城県が1968(昭和43)年に制定。
1871(明治4)年旧暦11月13日、府県統合によって「茨城県」の名称が初めて使われた。この時誕生した茨城県は現在の茨城県北部に相当し、1875(明治8)年に新治県および千葉県の一部を編入して現在の県域となった。

「野球、ごめんね」

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。

学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。

それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。

給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。

俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。

チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。

電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。

新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せてやることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。

死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように「野球、ごめんね」と言った。

俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。